大塚城(大墳城)
大塚城(大墳城)([福束城 周辺城郭])
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大塚城(大墳城)の口コミ情報
2022年09月05日 前田利家猫耳メイド萌
荘福寺 大塚城の址
(石碑右面)
荘福寺は小笠原長清が、建久年間(1190〜1199)に創建し、小笠原家の末裔 丸毛家の菩提寺である。元禄十二年(1699)焼失、後、再建した。
室町時代の歌人、徹書記の配流地で、姥石の伝説がある。
長清の遺骨を納めた、漆骨蔵器は県指定重要文化財である。
昭和九年(1934)牧田川改修のため、現在地 押越に移築した。
(石碑左面)
丸毛六郎兼頼は、小笠原長清六世の孫で、丸毛家の始祖である。荘福寺 境内にあった大塚城に住み、その子孫は多芸郡に勢力を広め、織田信長・豊臣秀吉に仕え、一万石を領していた。
丸毛三郎兵衛兼利(安職)は、天正十七年(1589)安八郡 福束城に移り、二万石を領した。慶長五年(1600)関ヶ原の戦には、西軍に属し敗退した。後、前田家に仕えた。
堤防下の、ソーラーパネルに囲まれた場所に、石碑と井戸跡のようなものがある。
丸毛氏の居城なんの因果が、大塚城、福束城と河川改修の為に、姿を消す。