寺部城

寺部城([東条城  周辺城郭])

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寺部城の口コミ情報

2023年05月29日 RED副将軍


三河湾を見下ろす丘陵上に築かれた幡豆小笠原氏の居城🏯

⁡オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎⁡

築城年代、築城主は不詳。1514年、小笠原定正がそれまで寺部城に拠っていた早川三郎を倒して寺部城主となったとされ居城としました。幡豆小笠原氏は、定正、広政、重広、信元、信重と5代続き、元々は今川氏に属していましたが、今川氏が没落すると徳川家康に従い、船手衆として転戦しました。1590年、徳川家康の関東移封に伴って幡豆小笠原氏も上総国へ転封となり寺部城は廃城となりました。⁡

見所
小野ヶ谷川の河口東岸の丘陵上に築かれ、現在は公園として整備されています。頂部に主郭を置き、西側に二郭が連なり、南下に帯郭群が配された小規模な城郭。主郭東側背後は土塁と弓形状の堀切で遮断されており、現在では堀切は通路となっています。公園と果樹園となっておりかなり改変を受けています。⁡城域北側に登城口があり、道路を挟み駐車スペースもあり。標高30mほどで手軽に登れます。

2021年01月24日 しんこう


【指定史跡】市指定史跡
【遺構】曲輪、土塁、空堀
【歴史】築城時期、築城者はわかっていないようですが、永正11年(1514年)に小笠原定政がそれまで寺部城を守っていた早川三郎を倒し、以後、寺部城の城主となったとされています。永禄の初期までは今川氏に従っていましたが、以後、徳川方となり、天正18年(1590年)の徳川家康の関東移封に従って小笠原氏も上総国に領地を賜ったため、関東へ移りました。おそらく江戸時代に入って寺部城も自然に廃城になったものと考えられています。(現地説明板より)
【感想】この日西尾市や蒲郡市の寺部城や形原城などの城郭を、のどかに走る名鉄・蒲郡線を利用して訪城してきました。
城内には説明板や案内板も設置され、公園としてきれいに整備されていますし、城内も広くないので、ふらっと行くには良いお城です。
本丸の北東側の土塁と、土塁上に再現されている木柵。更に東側には穿たれている深い空堀が見どころです。
寺部城は西幡豆駅から歩いて15分程の場所にあります。途中、石工によっても砕くことができなかった「寺部の立岩」もあり立ち寄られてはいかがでしょうか。

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