師崎砲台・師崎烽火台
師崎砲台・師崎烽火台([篠島城 周辺城郭])
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師崎砲台・師崎烽火台の口コミ情報
2026年08月20日 尾張守たまきち
【師崎砲台】
1854(嘉永7)年、尾張藩が内海砲台と共に知多半島に設置した台場。知多半島先端部の標高40mの師崎林崎に築かれた。1850(嘉永3)年から舟奉行・千賀與八郎らが中心となり設置場所の検討が始まり、1854年1月に着工、約半年後に完成。備砲は西洋砲術に長けた尾張藩本丸詰物頭・上田仲敏が担当し、大砲は尾張藩御用鍛治の水野太郎左衛門が鋳造した。
【師崎烽火台】
1855(安政2)年、標高40mの丘陵端に置いた尾張藩の烽火台で、師崎砲台と同地に設置された。知多半島最南端の烽火台で、師崎で異国船を発見した場合、
師崎→大井→布土→長尾山→亀崎→緒川→大高と烽火を揚げ、最終的に熱田→名古屋城二之丸・評定所へ注進することになっていた。同時に早飛脚を走らせる為、大井→矢梨→河和→布土→大足→成岩→乙川→藤江→緒川→大府→大高→熱田に早飛脚継場も置かれた。
現地を訪問したところ、現在は林崎公園となっており、遺構はありませんでした。碑や解説板もありません。師崎港北隣りの師崎新港の西にあり、港に比べて10m程高く、三角に突き出た丘端となっています。この丘端が、幡豆崎と同じように東へ突き出たもう1つの岬であったようです。









