須佐城
須佐城([篠島城 周辺城郭])
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須佐城の口コミ情報
2026年08月30日 尾張守たまきち
築城年は不明。
平安時代後期における須佐為基の居城。治承・寿永の乱(源平合戦)の頃、源氏方に付いた須佐為基は、篠島城主の室賀秋季と共に源頼朝へと情報を流していた。のちに頼朝が平氏を倒して鎌倉幕府を開くと、この功績により須佐の地を所領として与えられたという。
永正年間(1504~20年)には、志摩国千賀浦から千賀氏が海を渡り知多半島に移ってきて、須佐城を手中に収めた。
その後、1542(天文11)年頃、千賀重親が大野城主・佐治氏の陣代として幡豆崎城へと移った際に須佐城は廃城となった。
千賀氏家老・川合氏の記録では須佐城は正衆寺の東方裏山あたりが城跡と言われているが、明確な位置は不明。なお、正衆寺は千賀氏の菩提寺である。
現地を訪問し、正衆寺から推定地である裏山を撮影。山の斜面に沿って墓地が広がっており、険しい山端となっていました。墓地の最上段まで登ってみましたが、それ以上の登り口は無く、遺構は判りませんでした。城跡碑や解説板もありません。









