勝入塚

勝入塚([岩崎城  寺社・史跡])

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勝入塚の口コミ情報

2026年06月03日 猫耳尾張守メイド隊


国指定史跡  長久手古戦場 勝入塚
池田恒興(1536〜84、庄三郎、信輝、勝入斎)の戦死地と伝えられています。
恒興は美濃(岐阜県)大垣城主で、小牧・長久手の戦いの時は、秀吉に味方しました。この戦いの中、小牧山(小牧市)と楽田(犬山市)で家康と秀吉が対峙した時、家康の本拠地の岡崎攻めを秀吉に進言し、自ら軍を率いて進行しました。しかし、途中で岩崎城(日進市)を攻めるのに手間取り、家康軍先遣隊に追撃の機会を与えてしまいます。
結局、この地で家康の本隊と会い、仏が根の戦いで戦死しました。恒興は、天正八年(1580)入道し、勝入斎と名乗りました。塚名は、この法名にちなむものです。この塚の大きな「明治の碑(刻銘:勝入池田公戦死處)」は、明治二十四年(1891)に恒興の子孫が建てました。その横の石柱「明和の碑(刻銘:池田勝入信輝戦死場)」は、明和八年(1771)、尾張藩士 人見彌右衛門と赤林孫七郎が古戦場を訪れた際に建てたものです。
長久手教育委員会
説明板より。

少し小高くなった場所に、石碑があります。

2022年07月17日 【城郭道】たっきー


古戦場公園にある長久手市郷土資料館の近くにある塚です。
小牧・長久手の戦いにおける羽柴方の武将、池田勝入(恒興)の塚でこの地が戦死した場所といわれています。
国指定史跡、石碑や説明板があります。

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