丹羽勘助・古城之城趾
丹羽勘助・古城之城趾([岩崎城 碑・説明板])
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丹羽勘助・古城之城趾の口コミ情報
2026年05月30日 猫耳尾張守メイド隊
『丹羽勘助・古城之趾』
『長久手征伐記』(1709年・赤林信獅著)に長久手の古戦場を訪ねてきた著者が、岩崎城にも足を運んだおり、この石碑付近の様子を「御座の間の跡」(殿様のいた所)とし、「立石の手洗所、梅の木の庭なれたるおもと草などみるめもむかしおほえて・・・」と記しており、この立石が古くからあったことが知られます。
明治四十年(1907)、岩崎城主・丹羽氏の菩提寺である妙仙寺の隆城和尚が、この立石に「丹羽勘助・古城之趾」の文字を刻みました。岩崎に住む有志の人々から米や金銭が集められ、落城の日、四月九日に討死した岩崎城兵の慰霊祭が営まれました。この様子は『城山古石面上文字彫込寄附連名』(岩崎城歴史記念館所蔵)に知ることができます。現在も、この慰霊祭は続けられており落城から四百年目を迎えた、昭和五十九年には大祭が営まれ、城跡の保存、整備の要望が地域で高まりました。そして、昭和六十二年、城跡は史跡公園となり展望塔岩崎城が岩崎城建設委員会により建設され今日に至っています。
説明板より。
石碑は樹木に囲まれて、写真からは文字が読み取れなかった。









