一色山城

一色山城([新居城  周辺城郭])

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一色山城の口コミ情報

2026年01月31日 尾張守たまきち


築城年は不明。
鎌倉時代初期に水野高康・有高親子,大金太郎重高らの居城であったとされる。
1221(承久3)年の承久の乱の際、水野高康,有高,高重らは一族郎党を率いて尾張国山田庄小幡城主の山田重忠に従って美濃国の墨俣を護り、木曽川,宇治川,奥嵯峨に転戦したが、有高は戦死し一族は離散して水野高康,基家は尾張国を去った。
 戦国時代には、織田信秀・信長の家臣:磯村左近清玉が廃城となっていた一色山城を改修して居城とした。
天文年間(1532~54年)に品野城の松平家重らの軍勢と勝負ヶ沢で戦い、戦死した後、廃城となった。

 城は街道沿いの標高240mの頂に築かれ、現在は山林となり曲輪,虎口,堀,土橋が残る。北からⅠ,Ⅱ,Ⅲと曲輪が並び、各曲輪の南には枡形虎口が設けられ、ⅠとⅡの曲輪間には土橋が架かり、両脇には堀跡が残る。


現地を訪問しましたが、一色山城には整備された登山道や駐車場はありません。名古屋鉄道の新瀬戸駅から徒歩で約1時間。途中にはコミュニティバスのバス停を見掛けました。
県道沿いを登り、城跡の北東側から、40キロ規制道路標識の手前の擁壁が段差になっている部分から入山。
そしてすぐ尾根に登りますので、そこから南西へ辿って行きます。左下に登って来た県道を眼下に見ながら暫く進むと、やや平坦な尾根道の眼前に突然土壁が現れます。落差5メートル以上の大きな切岸を見上げ、この切岸の上が主郭部になるのですが、ここから取り付くことはできず、西から回り込んで帯曲輪を経由して行きました。
主郭部下の斜面は絶壁状で、尾根筋には堀切があってもよさそうですが敢えて大切岸のみでの処理となっていました。
主郭西側には帯曲輪が取り巻いており、主郭へ至るルートとなっているようでした。
そして、主郭部に至りましたが、よく削平されていると感じました。
主郭部内には3つの枡形虎口と馬出し曲輪を備えており、馬出し曲輪と本丸の間には明瞭な堀切がありました。中央に坂土橋を設け、その両脇が深い堀切となっていました。

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