吉乃御殿
吉乃御殿([小折城 遺構・復元物])
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吉乃御殿の口コミ情報
2022年02月22日 前田利家猫耳メイド萌
吉乃御殿跡
夫、土田弥平次(源太夫)を、1556年 明智城の戦いで亡くし、喪に服した吉乃の前に現れた尾張の荒武者、織田信長。
二人は、ここ吉乃御殿で逢瀬を重ね、信忠、信雄、徳姫を授かるが、産後の肥立ちが悪く、吉乃は二十九才の若さで、信長の願いむなしく世を去ったと言われている。
口軽な小者であった、木下藤吉郎の人材を見抜き、信長と秀吉の「絆」となった吉乃は、近世の扉へと時代をいざなった。
力石の由来
祭礼の時、生駒氏が家臣の者に、この石を担がせ、力試しをさせて五穀豊穣を願ったと伝えられる。また、この地の門左衛門氏が音頭をとったことから門左衛門石とも言う。
説明板より
小折城(生駒屋敷)の絵図からすると、西の丸南西に位置すると思われるが、遺構は残っていない。
2021年09月04日 井伊治部少輔直憲
織田信長と吉乃が逢瀬を重ねたと言われる、屋敷のあった場所。信長は吉乃との間に3人の子を授かる。