常念寺

常念寺([一宮城  寺社・史跡])

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常念寺の口コミ情報

2026年05月04日 猫耳尾張守メイド萌


常念寺 由緒・由来
後小松天皇の御代明徳元年、およそ1390年のこと。
初代将軍 足利尊氏公の甥である『空遄召運上人』が真清田神社へ参拝の折、100日の参籠が満ちた暁に『当地に柳樹あり。彼の地 清浄なれば連夜三星相舎(やど)る、汝 訪ふて願望を果たせ。』との霊夢見けり。
上人は歓喜され、所々を探しまわるとある柳樹に星三体が降りそそぐ。それを拝むと弥陀・観音・勢至の三尊が光々と示現す。
上人は、これを「末世において凡愚有縁の霊佛である」と礼拝す。謹んで三尊を安置し、真清田神社の鬼門にあたる、現在の寺島町に堂塔を建立したそうな。
その柳の樹、そして三の星の因縁で『柳星山(りゅうしょうざん)』とされた。
そして、光厳法皇の墓所がある、丹波国山国郷「常照皇寺」に由来し、当寺を「常念寺」とした。

明徳元年(1390)、常念寺創建。
天正年中(1573〜93)兵火により焼失。一宮城主 関十郎右衛門が、現在の地に再建立し菩提所とした。
寛永以来(1624〜)藩祖 徳川義直の岐阜遊覧の際の休憩所となり。鷹狩りと称して軍事訓練を兼ねて度々、寺を訪れている。 
天保二年(1832)西国の阿弥陀仏の霊場四十八番願札所が選定され、第一番を長野 善光寺、第二番を飛保 曼荼羅寺(愛知県江南市)、第三番を当寺とし、全国から巡礼の人々が集まった。
天保十五年(1845)本堂改築。
昭和二十年(1945)七月二十八日、第二次世界大戦末期 一宮大空襲により、水屋を残して諸堂全てを焼失。
昭和二十三~三十一年(1948〜56)再建。

本堂の前(西側)に、一宮城主 関氏三代の墓。
(東側)に、光厳法皇の御宝塔があります。

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