松下城
松下城([北島城 周辺城郭])
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松下城の口コミ情報
2026年04月18日 猫耳尾張守メイド萌
尾張国衙址
古代律令制の時代、国司(現在の県知事)が政務をとる官庁が国衙とか国庁といわれ、その所在地を国府といった。
国衙は、大化の改新のあと七世紀後半に置かれたが、尾張の松下の地にあったとされ、この地が政治・文化の中心であったとされる。
稲沢市
尾張国衙址礎石
この2個の石は、一辺60㌢前後、厚さ13㌢の扁平な形をしており、石材は、岐阜県養老山系で産する硬質砂岩の河戸石で、史跡尾張国分寺跡の塔跡に残る礎石にも使用されていた。
これらの石は、尾張国府跡の発掘調査を進めていた昭和五十年代に松下地区で別々に発見されたものであるが、それぞれ国衙に係わる建物の礎石と考えられる。長らく個人宅で保管されていたが、平成二十八年に松下区によって、末永く保存していくことを検討され、所有者の了解を得て、この場所に移設保管したものである。
稲沢市教育委員会
説明板より。
応仁の乱以降、国衙は衰退・廃止されたと思われ、戦国時代には、この辺りに松下城が築かれ織田敏広の居城とされる。
住宅街の北西部周辺は、周辺道路と明らかな高低差がある。
2021年05月03日 猫耳尾張守メイド萌
律令時代(古墳時代末期・奈良時代・平安時代前半)尾張国の国衙跡に築かれた。
1442年頃、尾張守護代となった尾張敏広の居城
現在は、松下公民館東側に尾張国衙址の石碑があり、その奥に尾張国府跡発掘調査時出土した、建物礎石が二つある。
松下城跡についての城址碑は無い。









