津島湊跡

津島湊跡([勝幡城  寺社・史跡])

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津島湊跡の口コミ情報

2022年01月23日 ▷☾◁猫耳萌え▷☽◁


天王川の上流は、萩原川、渕高川と呼ばれ、約500年前、この辺りは300㍍程の広さの川幅でした。津島神社参詣の人々の為に、天王橋(幅三間、長さ七十二間)が架けられ、その両岸には数千軒の町家が並び、数千艘の出船入船で活気を呈した。津島湊は、この一帯で、約5〜6ヘクタールに及ぶ、当地方随一の湊町・門前町として頗る繁昌した。商都津島を支配した勝幡城の織田家は信定・信秀と次第に勢力を広め、信長は天下布武をとなえ、天下統一の基礎を築いた。
信長は天王橋から、津島天王祭を見物した。また、江戸時代になると、尾張藩の代々の殿様も見物に訪れて、大変な賑わいであったという。
天王川は、天明五年(1785)に水害防止の為、ここで締め切られ、埋立地に町が出来た。 

津島市HP 津島市歴史・文化遺産より

津島湊・津島神社付近の地域には、石川八郎兵衛の「石川屋敷」、石垣弥五兵衛・後藤九郎兵衛の「石垣屋敷」、福島正則の家臣 大橋茂右衛門の「大橋屋敷」、奥平藤兵衛の「奥平屋敷」、河村惣兵衛の「河村屋敷」、平野遠江守長泰の「大炊屋敷」、平野甚右衛門(津島小法師)の「小法師屋敷」、黒田城主 沢井左衛門尉雄重の「沢井屋敷」、土方長兵衛の「土方屋敷」、久世大和守の父 平野藤蔵の「藤蔵屋敷」、堀田権阿弥の「権阿弥屋敷」、山田九左衛門の父 堀田将監の「将監屋敷」、堀田帯刀の「帯刀屋敷」、堀田半七の「半七屋敷」、堀田道清の「道清屋敷」等々、数多くの屋敷があったとされているが、所在地は不明となっている。

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