那古野城

那古野城([名古屋城  周辺城郭])

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那古野城の口コミ情報

2025年11月11日 尾張守たまきち


今川義元の父である今川氏親が尾張進出の拠点として築城。その後、織田信長の父である勝幡城主:織田信秀が今川氏から奪い取った。信秀は那古野城を幼い信長に譲り、自身は古渡城・末森城へ移った。信長はその後、尾張を統一し、清須城を居城としたため、那古野城には信長の叔父である織田信光や重臣の林秀貞らが城主を務めたが、信長が岐阜城へ進出した頃に一度廃城となっている。のちに徳川家康はこの城の跡地に目をつけて名古屋城を築城。

現在、遺構はほとんど存在しないが、那古野城があったとされる名古屋城の二之丸に石碑が建っています。

2025年01月06日 HAL2000壱岐守


桶狭間で討たれた今川義元の父、氏親が1500年代前半に築いた城で、一族の氏豊が城主をつとめた城。織田信長の父、信秀が割とすぐに奪取する。信秀が去り、若い信長に譲られる。いわゆる信長が「おおうつけ」と呼ばれていた時代である。1550年代に信長が清洲城を奪って移ったのち、あまり間をおかずに廃城になったそう。名古屋城が築城されるのは、徳川家康が大阪の陣に向けて準備を始める50年後のことである。

2022年03月18日 【城郭道】たっきー


1522年に今川氏親が築城。『柳の丸』と言ったという。1538年頃、織田信秀が今川氏豊から奪取。後に信長が城主となる。信長が清須に移ると叔父・信光、重臣・林秀貞永が一時的に入ったが、やがて廃業となる。現在は名古屋城二の丸にあり、石碑と説明板のみ建つ。

名古屋城に訪れた際は行ってね。以城。

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