久世屋敷
久世屋敷([泉頭城 周辺城郭])
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久世屋敷の口コミ情報
2026年08月22日 53_AIM
名称 久世屋敷跡(くぜやしき)
所在地 静岡県駿東郡清水町八幡字瀬戸川
分類・構造 近世旗本屋敷
築城主 久世氏
築城年 元禄11(1698)年頃
主な城主 久世氏
廃城年 不詳
遺構 なし
指定文化財 なし
再建建築物 なし
久世屋敷は、駿東郡清水町八幡字瀬戸川に位置する、元禄11(1698)年に旗本久世氏により築かれた陣屋屋敷である。近世東海道沿いに所在し、遺跡が所在する八幡村と、柿田村、伏見村、堂庭村などの周辺の村々とを繋ぐ道が集中した、交通の便に恵まれた立地である。屋敷北側には雨降川が形成した谷が存在し、これを堀として利用し、屋敷を区画していたと考えられる。
旗本久世氏は、『寛政重修諸家譜』では村上源氏久我氏庶流であるとされ、3代広長の時、松平清康および松平広忠に仕えた。永禄6(1563)年、三河一向一揆が勃発すると、4代長宣は、主家に背き一揆方に与したが三河国針崎の戦いにおいて討死した。
続く5代広宣は、長宣討死時に3歳と幼少であったためか、のち徳川家臣として復帰しており、大須賀康高率いる「横須賀衆」の一員として遠江の対武田氏最前線に配置され戦功を挙げている。大阪の陣ののち、下総国海上郡3000石、同国結城郡2000石、上総国2000石の計7000石を領する大身の旗本となった。
その後、7代広賢の時、元禄11(1698)年3月7日に行われた領地替え「元禄地方直」により伊豆国富士駿東ニ郡に移った。この領地替えにより当地に久世屋敷が建設された。
発掘調査では、明確な屋敷遺構は未検出であるが、2016年度調査において、瀬戸美濃系や肥前系の陶磁器、焼塩壺蓋、茶道具(灰ならし)、「上くらにて用之」線刻硯、煙管などの武家屋敷の性格を示す遺物が出土したほか、旗本久世氏の屋敷地であることを示す「久世鷹の羽」家紋入り軒瓦が出土している。
参考文献
・駿東郡清水町教育委員会2016『瀬戸川遺跡 - 集合住宅建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書-』









