堀田城
堀田城([諏訪原城 周辺城郭])
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堀田城の口コミ情報
2026年05月11日 ᴿᴱᴰ副将軍
小規模ながら堀切が多用された連郭式山城🏯
オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎
築城年代や築城主等の城史は不詳。室町時代初期に築かれたと考えられており、戦国時代の城主に松下嘉兵衛と堀田正法の名が伝わります。
松下氏は今川氏の家臣とされ、日吉丸こと若き日の豊臣秀吉が仕えた事でも有名です。
堀田正法は東麓の正法寺を開基した人物とされます。正法寺の創建は1574年であり、その頃は武田氏と徳川氏が東遠の支配を巡って争っていましたが、いずれの勢力にも堀田正法の名は見当たらない謎の人物です。
見所
正法寺の西側背後の標高72mの丘陵上に築かれています。
北西から南東に延びる尾根上に郭が連なる連郭式で、最高所の主郭を中心に主に六つの郭で構成。
東端が「太鼓ノ段」と呼ばれる大手曲輪であり、堀田神社が祀られています。
堀田神社の背後に二重堀切があり、二段の郭を経て主郭となります。主郭背後は大堀切で遮断され二郭に繋がり、二郭の南西に二重堀切、北尾根には五条の堀切で堅められています。
堀切が多用された縄張りは武田氏か徳川氏または双方の改修があると考えられています。
2021年04月19日 千閑斎(せんちゃん)
縄張り図を城友様から頂いたので、城攻めしました。小さいながら堀切がたくさん有りお勧めの城との事でした。
県道34号を菊川から掛川方面に向かい、菊川堀田地内の交差点を左に曲りJRのガードを潜ります。そのまま道なりに進み西方川を渡ると曹洞宗正法寺があります。この寺の裏山が堀田城です。
墓地の裏に堀田城入り口の看板があります。
ここを登ると小さな社。ここから西に進み主郭に到達するまでに5本の堀切がありました。
小さな城ですが遺構は良く残っています。
この城の築城主や築城年は定かではありませんが、城主としては堀田正法(正法寺の開基)、また伝承では松下之綱が居城したと伝えられています。
松下之綱と言えば頭陀寺城松下屋敷、
遠州久野城…どちらもだいぶ離れていますが
関係あるのでしょうか?
家康が諏訪原城攻めの際、高天神城との連絡を遮断する為に富田城、海潮寺城等と共に使用したそうですが謎が多い城です。
2021年02月15日 三輪左近衛少将直虎
堀田城は室町時代に堀田正法が築いた城とされています。戦国時代は木下藤吉郎秀吉が最初に武家奉公した松下喜兵衛が城主だったという伝承が残っています。
菊川駅から歩いて10分少々の菊川運動公園の東に広がる丘陵が堀田城で予備知識を持たずに訪れました。規模は小さいが細い尾根にいくつもの堀切が穿たれているのが印象的で遺構は完全に残っています。
とにかく堀切の連続で長野県の山城のような巨大で鋭利な堀切ではないものの尾根をこれでもかと断ち切る遺構に驚かされました。









