木の芽峠鉢伏城

木の芽峠鉢伏城([木ノ芽峠城  周辺城郭])

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木の芽峠鉢伏城の口コミ情報

2026年05月19日 ᴿᴱᴰ副将軍


木ノ芽峠城の詰城🏯

オススメ度 ★★★★⭐︎

築城年代は不詳。古来から近江と越前を結ぶ北陸道の要衝である木ノ芽峠城塞群のひとつ。
史料に出てくるのは戦国時代からで、1569年に朝倉義景は織田信長の進攻に備えて改修し、鉢伏城
は印牧能信を配置したとされます。
1573年に織田信長は朝倉氏を滅ぼすと、朝倉氏を裏切り織田信長に内通し越前案内役を務めた桂田長俊(前波吉継)が守護代として越前を任されましたが、1574年には越前の一向一揆衆がこれに反発して蜂起。桂田長俊は討ち取られます。一向一揆衆は木ノ芽峠城へも侵攻し開城。
一向一揆衆は木ノ芽峠城には下間頼照が入りましたが、翌1575年には織田信長が再び越前に侵攻。
西光寺丸城には本覚寺・西光寺の門徒衆、鉢伏城に杉浦壱岐・専修寺・真宗寺・阿波賀三郎兄弟が入城したとされます。
一向一揆衆は少数であり、逃亡者も相継いだため、稲葉一鉄・滝川一益により直ぐに落城したとされ、城将であった西光寺真教も討死したとされます。
その後、越前は柴田勝家に与えられ、越前と近江を結ぶ栃の木峠道を新たに整備したため、木ノ芽峠は重要性は薄れ、木ノ芽峠城砦群は廃城となりました。

見所
近江と越前を結ぶ木ノ芽峠を押される要衝として築かれた木ノ芽峠城砦群(西光寺丸城・木ノ芽峠城・観音丸城・鉢伏城)のひとつです。
鉢伏城は、標高762mの鉢伏山頂部に築かれており、木ノ芽峠城城塞群の中で最北部に位置し、木ノ芽峠城の詰城として機能したと考えられています。
山頂部の主郭と北西に延びる尾根上にも郭があり、南北の二つの郭で構成され、規模も木ノ芽峠城砦群の中で最大です。
山頂部の主郭は周囲に土塁を巡り、南東部の大手虎口の他に東側と西側にも虎口が開口。
大手は土橋が架かる二重の空堀で堅められており、右に折れが伴う南東虎口へと繋がります。
北西に下降する尾根筋が搦め手とされ、尾根筋は大規模な三条の堀切で遮断され、小規模な郭が連なります。

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