楡原館
楡原館([猿倉城 周辺城郭])
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楡原館の口コミ情報
2026年08月08日 曲輪大宰大弐削平
富山市楡原、神通川左岸の集落から西へ上がった河岸段丘上に館跡とされる場所があります。
楡原は神通川左岸から飛騨と越中を結ぶ越中西街道沿いの集落になります。かつては旧細入村役場も置かれ、神通峡の中心的な集落です。
地籍図では伝畠山氏墓所(畠山重忠公墓所)を含む一帯を囲むように三方に細長い地割がある事から、堀跡と考えられ、その内側が館跡と推測されています。
昭和53年から行なわれた圃場整備により、現在その面影はありません。
肯搆泉達録では能登を逐われ神保氏を頼った畠山義則(義綱)を楡原山城の城主としています。
そして、上行寺境内に屋敷地があったと推測しています。
大乗悟山城の後に訪れました。
畠山重忠公墓所のある一帯が館跡ですがはっきりとは分かりません。とりあえず周囲を歩いてみました。
滞在時間約15分
①畠山重忠公墓所。この辺りに楡原館があったとされます。
②墓所の看板。重忠公にまつわる伝説。重忠公所縁の三帰明王像や鐙が上行寺に伝わっているそうです。
③楡原八幡宮。畠山重忠公が楡原に隠棲したときに鶴岡八幡宮から勧請したと伝わります。
④墓所の裏側、田んぼです。
⑤一段下から段丘崖を見上げる。
⑥大乗悟山下山中、林道からの眺め。楡原の集落が見えます。一段小高い手前側中央の田んぼが楡原館跡。木立辺りが畠山重忠公墓所。
参考:細入村史 通史編上巻
2026.5.6









