小宮山氏館

小宮山氏館([稲倉城  周辺城郭])

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小宮山氏館の口コミ情報

2026年03月14日 内記かずりヾ(・ε・。)


小宮山氏館は稲倉城の南西約2.0km、女鳥羽川西岸(右岸)、標高約722mの段丘台地上平場に立地した居館です。簡単に言えば、同じ稲倉城のリア攻めマップにある伊深城の東麓に当たり、居館地は武田氏時代の同城城代のものと伝わっている。

行き方はGoogleマップに位置登録されている「ひすい工房 翡観来」を目標に設定して下さい。この工房の北東側の一般住宅の脇に現地説明板が立っており、車は隣接する伊深公民館の駐車場に捨てられる。

築かれた年代は不明、お住まいになられていたのは小宮山織部丞です。同名は武田氏時代の一時期、伊深城の城代に補せられて該地に居したと伝わる。城代であった以上は武田氏譜代衆の一氏、小宮山氏の一人とも言えそうだが、織部丞を名乗る適当な人物が見当たらない。

現地説明板によれば、「天文二十年(一五五一)伊深に小宮山織部丞が武田信玄により城代として着任、居館を築き、元和年間(一六一五〜一六二四)まで居住した記録が残る。」とある。「居住した記録」が何なのかは判らないが、伊深城は安曇郡や筑摩郡の一円支配を終えた後に城代が置かれる必要も無い要害である事から、同氏が何故に在地し続けられたのかは不思議な事である。

居館の現況は…一般住宅とその敷地等となっているが、そもそもの話で居館敷地範囲が不明確であり、城郭遺構も完全消滅している事から探索する手掛かりさえ得られない。この辺り…としか言いようがないのが正直なところだ。居館地の東側には近世の善光寺街道が南北に通っており、伊深城山南麓の六助からは、山田を経て平瀬城城下を抜けて犀川河畔の下田へと至る山田道が東西に通っている。小宮山織部丞が伊深城城代に補せられた天文二十年は、平瀬城が武田勢によって落城させられた年にも当たっており、同名が城代であった時期は平瀬城への備えが必要であったごく僅かな期間に過ぎなかったと考える。

該地の松本市岡田伊深は、耕作地と一般住宅地が丘陵地上に共存する典型的な市中郊外だが、平安時代の一時期において、水内郡の後庁と共に信濃国経営の中心地となった所である。即ち、承和八年(西暦841年)、筑摩郡水汲(現在の松本市水汲、キッセイ文化ホールとその周辺一帯の地である。)にあった信濃国府が大地震に伴って発生した土石流によって埋没すると、国府の仮庁、後庁が「井深」の地を選んで設けられている。信濃国府の再建(惣社地積の存在から現在の松本市大村〜南浅間が推定地だ。)によって井深後庁の存続期間は約三十年であったが、同時代の岡田伊深が後庁の受け皿となるに足る程の開発が進んでいた事は想像に難くない。

居館地は近世の善光寺街道に近接していると前述したが、同様に女鳥羽川の右岸地域を北上していたのが律令制下における東山道だ。信濃国府を出た後に、岡田伊深から北行して前堂田井(古女鳥羽川)北岸(右岸)、堂田付近にあったと推定される同道の駅家、錦織駅へと至り、道筋は此処で二筋に分かれる。即ち、本道は稲倉峠を越えて七嵐へと抜け、支道は刈谷原峠を越えて刈谷原へと抜ける。支道の方はそのまま後の善光寺街道の経路ともなった。中世には、刈谷原には同じ稲倉城のリア攻めマップにある鷹巣根城が、稲倉にはアプリの登録城、稲倉城が、両道の中間点に当たる七嵐には同じ稲倉城のリア攻めマップにある荒神尾城が立地し、これ等、峠道やとば口を山中において直接扼していた。

近世の街道以前の古道を知る事は、中世城館の存在意義を理解する上で特に重要だと常々思っている。突拍子も無い場所に立地する、狼煙台や物見台、逃げ込み城等を除けば、交通の要衝を選んで築かれているものが実に多い。

おいらは山中の古道を歩くのが大好きだてどっかの口コミで書いた事があるんだけど別に山道が好きな訳じゃない。各地域を郡や郷村等、一つの面、行政単位として捉えた場合、最も手っ取り早く往時の姿形を想像出来る場所の多くがこれ等、古道に沿ってあるからだ。

江戸時代における一国一城令と殆どの藩で実行された蔵米知行制は必然的に一つの城下への集住を促したけど、中世には一族、被官衆であろうとも在所にある事が当たり前であり、小規模な城下が各地の各所に点在していた。おいらが目指しているのは単なる城廻りではなく、中世城館等を通じてその断片を探る事にあり、古道を歩く事によって、気付かなかった事、知らなかった事がフィールドワークを通じて身を以て体現出来たりする。変態道とは深化していく、終わりの見えない後戻りの出来ない一本道なのだ。

※撮影するのに積雪が要らなかったので念力で溶かしてみた。その写真が①、②、③っす。ちなみに写真①、背景に写る山稜が伊深城山だ。

※写真②は平衡感覚の限界に挑む撮って出しの説明板っす。

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