霜台城
霜台城([霞城 周辺城郭])
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霜台城の口コミ情報
2025年03月16日 内記かずりヾ(・ε・。)
さて、「金吾」はどこか憎めないテヘペロ小早川秀秋で有名、「典厩」はみんな大好き武田信繁で特に有名なんだけど、「霜台」の方もちゃんと覚えといてくれよな。これ等は全て朝廷の官位の唐官名、どれもこれも武家が憧れた官職だ。「霜台」は本来なら官庁である「弾正台」を意味し、人を呼ぶ場合には概ねで「弾正忠」を意味する。律令制下において監察、治安維持を担当する役職なんだけど、時代が下ると受領名として勝手に一人歩きを始めてしまう。
霜台城(城の峯)は霞城の西方約3.8km、保科川北岸(右岸)、標高997mの太郎山の北西尾根から南西へ向かって派生する同山支尾根中段上、標高約719m地点の平場を中心に立地する要害です。南麓の長野県道34号、長野菅平線からの比高は285m位でしょか。同じ霞城のリア攻めマップにある保科前山の砦はこのお城の出砦である。
行き方は長野市のホームページから「太郎山トレッキングコース」をダウンロードして下さい。該地は、この内の「太郎山南展望・史跡コース」の登山道上に位置しており、車の捨て場所は登山道入口の南側、「長野市若穂隣保館」の駐車場がアナウンスされている。
比高は高い部類に入るが登山道が絶妙な場所を選んでいて(途中から尾根筋を外す。此処からは大手筋からも外れるようだ。)比較的にすんなりと登れる。迷う事も無いし急登する事も殆ど無い。ちなみにトレッキングコースの紹介には霜台城の位置を山尾根上の標高約800m地点としているが誤りである。
築城年代は延徳年間(西暦1489~1492)、築城者は保科弾正忠正利と伝わる。同名は武田氏時代に活躍が見られる、槍弾正、正俊の実父である。ちなみに保科氏宗家は、長享年間(西暦1487年〜1489年)に村上氏の圧迫を受けて高井郡保科の地を退去、伊那郡高遠へ逃れたとするのが定説となっているが既に築城年代との矛盾を抱えている。
縄張は7郭で構成される連郭式、但し、実際上は5郭で十分だろう。城郭遺構としては、堀切が4条、別に竪堀が1条、明瞭な土塁も随所に確認出来る。特筆すべきはかなりの量の土留めの石積み、石塁が縄張の中心部に見られる事…既にあった積石塚を崩して造作されたものと推測されているが、随所に散乱する崩落石を考えれば相当に派手な要害だったようだ。ちなみに城域を山側に過ぎた標高約747m地点には物見の場とも見て取れる平場が確認出来る。北側山側背後には岩場の小突起を介した堀切の存在も疑われているが、物見の場であった事も含めて真偽の程は語らない事にする。
該地を逐われた保科氏宗家は伊那郡高遠に逃れた事は前述したが、何故にそれが可能であったのかは大いなる謎とするところだ。霜台城の築城者と伝わる弾正忠(筑前守)正則は諏訪(高遠)頼継に出仕し、代官、後には家老として同郡沢底、宮田に知行地を持つまでに至っている(「赤羽記」)。保科氏が神氏の一党であったからこそなのだろうか。何れにせよ、宗家が高遠に逃れた事が同氏興隆の端緒となった事に間違いは無いだろう。
※高井郡保科の地を退去〜保科弾正忠正則の舎弟、左近将監は、在地に留まり村上氏に従っており、その居館地は若穂保科の町滝崎にあったとされる(「長野県町村誌」)。居館跡の正確な位置は不明だが、2時間程歩き回って探索した結果、現在の保科保育園東側一帯の一般住宅地をその比定地としたい。
2021年11月03日 赤かぶ【】
霜台城(そうだい)は長野市の若穂太郎山西方支脈の須釜と小出の境 標高720mの尾根に築かれた山城です!
1400年代に、当時保科を治めていた保科正利が築城したとされています。
県道34号沿い若穂保科地区を流れている保科川の対岸に登城口があります。
太郎山トレッキングコースとして整備はされていますが、急坂と途中倒木もありましたので足元などの装備はしっかりと整えてから登城をして下さいませ!
熊出没注意の看板もドーンと出ますのでそちらの対策もお願いします。
登城口には電気柵があります。開ける際はご注意を!自分は開ける際うっかり変な所に触れてしまい軽く感電しました⤵︎ ︎
登城口と主郭までの比高差は約300mで約1440mの急峻な山道を登って行きます。ゆっくり登って行って約1時間半かかりました。
途中 前の山砦があり、曲輪・土塁・堀切が見られます!
砦から更に行くと弾正岩と呼ばれる大岩があり保科地区を一望できます。景色に気を取られて前に進み過ぎると滑落しますので気を付けてください!
弾正岩から更に登って行くと段郭の地形が現れます。
主郭周辺にはおびただしい数の岩石が散らばり、崩れた石積みが見られます。数条の堀切・土塁などの遺構も見られます♬︎
さて、こちらのお城更に北へ進むと岩盤堀切や物見台などの遺構があるんです!今回下調べ不足の為、見落として帰ってくるという失態をしてしまいました⤵︎いつの日かリベンジしたいと思いますw
① 登城口
② 前の山砦の曲輪
③ 前の山砦堀切
④ 弾正岩からの景色
⑤ 主郭
⑥ 主郭北側堀切1
⑦ 主郭北側堀切2
⑧ 石積み