中野陣屋
中野陣屋([高梨氏城館 周辺城郭])
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中野陣屋の口コミ情報
2025年09月13日 サスケ民部大輔
江戸時代には「中野陣屋」が、明治初年には「中野県庁」が置かれていました。
2024年10月09日 尼崎城志摩守一口城主
[前編]
10/5、高梨氏館跡見学後、すぐ近くの中野陣屋(写真①②)の見学に向かいました。陣屋跡/県庁跡(写真③④)の石碑両面を撮って入館。館内には信州中野の歴史の資料展示室がありました。展示室内に陣屋・県庁記念館周辺復元模型型(写真⑤)があり、陣屋と高梨古城跡(写真⑥:中央やや左が陣屋、右端中段辺りに高梨古城跡)の位置関係がよく分かります。
当日は夜行バスで長野に移動したため、記念館内のカフェ陣屋で早めの昼ごはんで陣屋カレー🍛を頂きました😋早めの昼ごはんでカフェには信州の武道家🥋さんと私だけでカフェも余裕があったためか、こちらで館内の方に陣屋の解説や周辺の案内を丁寧にして頂けました‼️中野はかつては越後との街道があり人や物が行き交う場所だったため幕府が天領としたことや記念館のパンフレットに載っていた陣屋の遺構の井戸、石垣、陣屋稲荷で井戸のすぐ近くの鈴泉寺(れいせんじ)に陣屋の門が移築されていることなど教えて頂きました。アドバイスをもらって陣屋の石垣(写真⑦)を撮って、まず陣屋稲荷(写真⑧)をお参りに行きました⛩️
2024年10月09日 尼崎城志摩守一口城主
[後編]陣屋記念館を見学後に記念館周辺の遺構散策に出発。
陣屋稲荷⛩️参拝後に陣屋井戸(写真①②)説明板(写真③)の終盤に記載の井戸枠の「忘」の本字の刻印も撮影(写真④)
井戸の斜め向かいにあるのが鈴泉寺(写真⑤:井戸の説明板の左斜め前方にある石碑が鈴泉寺の寺標)で鈴泉寺の山門(写真⑥)を見学に行きました。
山門見学に訪れた際、丁度お寺の方がいらっしゃったので話を聞かせて頂いたところ、山門(写真⑥⑦)は飯山城→中野陣屋→鈴泉寺の順に移築されていったとのことでした。中野陣屋から鈴泉寺の移築は陣屋の方が鈴泉寺の檀家さんだった縁で譲り受けたようです。写真③の説明板の前半部分に<明治3年(1870)12月に起きた中野騒動のため庁舎のほとんどが消失してしまい〜>とあったので、移築されていなかったら騒動に巻き込まれて焼けてしまった可能性もあったかも知れず、令和の今日も見ることが出来て移築時の檀家さんに感謝でした🙇🏻♂️
山門見学後、陣屋に戻りましたがその際、陣屋付近で<天領陣屋跡>の石碑(写真⑧)も発見。徳川幕府の天領だったこともあってか徳川恒孝氏の書でした🖌️
2024年09月10日 まう右近衛少将
駅から高梨氏館跡を目指す途中で、リア攻めしました。現在は、中野陣屋・中野県庁記念館になっていて、歴史資料や有志の方の絵画が展示されているようです。歩きで、12、3分掛かります🚶
まだ開館してたのですが、暗くなる前に高梨氏館攻めたく、中には入っていません。。
2024年09月03日 マグロ常陸介祐平
元和2年(1616年)に天領支配のために置かれた陣屋で、一時期、旗本領や板倉氏の坂木藩領となりますが、享保9年(1724年)には、北信濃の天領陣屋が中野に統合され明治維新まで続きました。維新後は、尾張藩の取締役所(天朝御料尾州取締所)、伊那県中野局となり、明治3年に中野県が設置され県庁が置かれますが、2000人が集結し28人が死罪となった中野騒動により県庁舎が焼かれ、お隣の法蓮寺(写真4枚目)を仮庁舎とするも、結局は長野に県庁を移し、中野県は僅か10ヶ月で消滅しています。
陣屋跡は中野県庁跡(中野陣屋跡)として県の史跡に指定されていますが、遺構は西側の石垣(写真7枚目)と井戸(写真6枚目)のみのようです。
現在陣屋跡に建つ「中野陣屋・県庁記念館」は昭和11年に中野町役場として建てられたもので、資料室では陣屋~県庁の歴史を展示しています。また、隣の高級割烹前には、徳川恒孝氏揮毫の石碑(写真2枚目)が建っています。
2022年07月07日 ᴿᴱᴰ副将軍
江戸幕府によって築かれた天領陣屋跡🏯
オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎
徳川家康の六男である松平忠輝は、信濃国川中島藩と越後国高田藩の45万石を領する大名でしたが、1616年に大坂夏の陣に際して遅参および軍法違反をしたことにより改易、流罪となります。
それに伴い北信濃に天領が生じたため、同年に江戸幕府により天領陣屋が築かれました。
1724年には、周辺の天領陣屋が統廃合され中野陣屋に一元化。
1868年、大政奉還により陣屋は廃止され、伊那県中野局となります。
1870年には中野県が設置されましたが、増税や経済の混乱に対する不満で一揆(中野騒動)が勃発し、中野県庁舎は焼失しました。
1871年に一揆は鎮圧されましたが、中野での県庁再建は断念。県庁は長野に移転し長野県が成立しました。
見所
現在は、跡地に中野陣屋県庁記念館が建てられており、天領陣屋に関する展示場となっています。入場料は無料でした。
2019年04月28日 笑門来猫
明治維新後に起きた中野騒動で炎上した中野県庁跡にある資料館。目の前にのびる柳通りがいい雰囲気でした。









