春山城(車坂城・綿内要害・綿内城)
春山城(車坂城・綿内要害・綿内城)([井上城 周辺城郭])
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春山城(車坂城・綿内要害・綿内城)の口コミ情報
2025年12月11日 内記かずりヾ(・ε・。)
さて、今年はエリ限で松代を訪れた方も多かったと思うんだけど、川中島の周辺の山中には海津城以外にも数多くの要害が点在している。そんな中でも、「一に春山、二に尼厳、三に鞍骨」て要害堅固を謳われた、春山城、尼厳城、鞍骨城は比較的に名の知れた存在だ。但し、後世の山城好きの評価はこりと全く逆、特に鞍骨城の素晴らしさが突出していて、春山城は登る人さえ少ないように思う。今回はそんな同城を応援したいがためだけの口コミだ。
春山城(車坂城・綿内要害・綿内城)は井上城の南西約2.1km、千曲川東岸(右岸)、標高996.9mの太郎山から北西へ伸びる尾根下段上、標高635mの城ノ峰山頂部を中心に立地する要害です。東麓の真言宗智山派の寺院、越智山九品院蓮台寺からの比高は205m位でしょか。但し、春山城は、城ノ峰山頂部に立地する大城と、その後背上段、山尾根上の標高約664mの小ピークに立地する小城とに大別されている。
行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい…なんだけど、そのままじゃ行けないので、同じく位置登録がある、前述した「越智院 九品院 蓮台寺」を目標に設定しよう。車を駐車場に捨てたら、この寺院の裏手に付く登山道をひたすらに登ればよい。ちなみに信濃としては平均的な比高の山城なんだけど、なんだか凄くだるい登山道だ…あ、いかん、春山城を応援するんだった…登城は楽勝っすわ、おいらは逆立ちでおにぎり食べながら登ってるし、途中からはエスカレーターも付いていたような気もするけど気のせいかもしれん。
築城年代は不明、築城者には綿内井上氏が推測されているが、その発生が南北朝時代にまで遡る事、同氏の発祥が室町時代と考察されている事等から疑問も生じている。綿内井上氏については同じ井上城のリア攻めマップにある綿内の井上氏館を参照して下さい。
応安三年(西暦1370年)十月、下野入道代上遠野政行軍忠状によれば、応安二年(西暦1369年)九月から、藤井全切(下野入道)の代官として信濃に出張した、上遠野左近蔵人(政行)が春山城に入っている。
応安三年正月十日から翌月の二十六日まで、守護(上杉朝房)の入国を阻もうとする、南朝方諸勢力(栗田氏か。)は、守護方の拠る春山城に攻め懸かり、上遠野左近蔵人、石河遠江入道等は、籠城して連日の間、合戦に及んだ事が前述した軍忠状には書かれている。
この軍忠状は、自身の忠節を書き並べ、それに対する証判を得ようとする、正確に言えば上申状であり、その宛先は信濃守護であった上杉朝房(関東管領との兼務であった。)である。春山城の攻囲は、上杉中務少輔朝宗(朝房の舎弟である。)等、後詰の着到を以て解囲されたようだが、同城は五十日近くの籠城にも耐えた事になる。ちなみに藤井全切は、下野国の小山氏の一族、陸奥国菊多郡菊田荘の地頭であり、その代官を勤めた上遠野政行は、藤井氏から分かれて同荘内上遠野郷の在名を取って称した一族だと推測されており信濃国の住人ではない。
弘治二年(西暦1556年)八月一日、今清水六郎次郎宛、高梨政頼感状には、「去(七月)十九日、綿内要害落城砌、冣前ニ入馬、被相戦之条、粉骨無比類候、至于自今以後も別而可被励忠信事簡要候、恐々謹言、」とあり、高梨勢によって「綿内要害」が落城した事が判る。あ、あり?「一に春山…」て謳われた程の要害じゃなかったっけ?…あ、いかん、春山城を応援するんだった…調子が悪かったんだろうな、おいらも調子が悪いと小学生に口喧嘩で負けて、わなわなしながらのジャーマンスープレックス(投げっぱなし、男女関係無し。)で終わらせる事が度々だ。
城域は前述したとおり、大城と小城とに別れているため南北に長大、別城一郭ぐらいに考えていた方がよいだろう。大城は山尾根の岩場を活用した信濃らしい貧乏な縄張、主郭と縄張図における通称2郭には明瞭な土塁が残り、要所を数条の堀切で断ち切っている。総じて言えば、巨岩が露出する元々の地形が要害としての存在感を高めており、例え城郭遺構が無かったとしても十分に楽しめると思う。又、小城の方は小ピーク上に段付きの単郭の縄張、主郭南側山側背後には明瞭な土橋付きの堀切が確認出来るが、堀切を過ぎるとだらしなく幅員のある山尾根が続くのみである。小城とは大城に付随する狼煙台や物見台であろう。
登山道は太郎山へと続く、若穂太郎山トレッキングコースて呼ばれる山道でもあり、ひたすらに歩きまくれば、霞城のリア攻めマップにある霜台城へと辿り着く。途中には「甑岩」て名付けられた有名な?展望スポットもあったりして何だか楽しそう。ちなみに春山城の城域内にも「ダルマ岩」て名付けられた奇岩を見る事が出来る。









