寺尾城
寺尾城([尼厳城 周辺城郭])
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寺尾城の口コミ情報
2026年09月13日 尼崎城美濃守一口城主
[前編:登山口〜愛宕社]
8/12、尼巌城下城後に松代城下町で腹が減っては戦(城攻め)は出来ぬと昼食を取った後、尼巌城の支城の寺尾城に登山。私事ですが、私が後援会に入っている相撲部屋の先代師匠と同じ名前のお城だったので信州の武道家さんにリクエストして登山。
城址麓には、お社(写真①)やお地蔵さん、庚申塚等(写真②)が建っており、中腹の愛宕社への参道が寺尾城址(写真③)への登山口でした。登山口の横に愛宕社の説明板(写真④)がありました(※登山前にちゃんと読んでおけば良かったのですが登山後に撮影)
写真③の登山口から約2分で参道途中の鳥居⛩️(写真⑤)、写真⑤の鳥居から1分程で愛宕社(写真⑥)に到着。
戦国時代、寺尾城は尼巌城の支城として本城を支え、説明板(写真④)より寺尾城中腹の愛宕社は真田家の松代藩政時代は松代城の鬼門除け・火の神として領主から崇敬された神社とのことでした。
説明板より、奉納・寄進されたものを下記に抜粋。
一対の石灯籠を明暦3年(1657)松代藩初代の真田信之公が奉納されていました。翌年、信之公は93歳で亡くなられていたので晩年に奉納されたものでした。
社号は松代藩六代藩主真田幸弘公揮毫🖌️。
上記の信之公と同じく一対の石灯籠を文政5年(1822)当地の東寺尾出身の江戸相撲力士君ヶ嶽助三郎も寄進されていました。
登山口の説明板をちゃんと読んでお参りしていたら石灯籠に注目していたのにと反省でした💦
当日は、愛宕社で安全祈願👏をしてお社後方の石積み(写真⑦、⑧)方面へ向かい山頂を目指しました⛰️
2026年09月13日 尼崎城美濃守一口城主
[後編:愛宕社〜主郭]
愛宕社から山頂へ石積み(写真①、②)や段郭のような遺構(写真③)を見学しながら進んでいき15分弱で主郭(写真④)に到達。
主郭には寺尾殿之墓🪦(写真⑤)がありお参り🙏お墓付近からは本城の尼巌城(写真⑥)や川中島方面(写真⑦)を眺めることが出来ました。
帰路は往路とは別の斜面の石積み(写真⑧)も眺めながら下山。個人的に好きな古城感が残る城址でした🌱
2025年12月16日 順☆散歩征夷大将軍熊本
エリ限ついでに2年ぶりに尼厳城をリアしたものの、それだけでは物足りないためどこか良いお城ないかなと探していたら、城友様が口コミなさっているのを発見。すぐ近くだし、これはもう行くしかないということでリアしてきました。
行き方などは先の口コミが大変参考になりますので特に付け加えることはありません。自分は補足として遺構の紹介だけしておきます。
(1)ずーっと斜面を登っていくと石積の痕跡らしきものがあり、そこから先は緩やかな広い尾根が続きます。このあたりも郭だったかもしれませんが、ちゃんと削平されていない印象です。
(2)100mくらい進むと切岸が出現し、その手前は浅い堀切?になっています。堀切の西端には石積があります。東側付近には竪堀が2本連続しており、その周辺にも石積みが数箇所あります。明確なものは3つ見つけました。
(3)さらに登っていくとまた堀切。先ほどのものより深く素敵です。
(4)堀切を越えて登っていき、虎口っぽいところを通り抜ければお墓のある主郭に到着。周囲は土塁で囲まれています。裏側に石積あり。ひょっとすると周囲が全て石積だったかも。
(5)主郭北側に降りると土橋つき堀切があります。それを越えると地面がへこんでいる部分が連続していますが何なのかは不明。
(6)その北側にさらに土橋つき堀切。その先は細長い郭?
(7)50mほど進むとまたもや堀切。
※そのあと200mくらい進み、隣のピークを越えて急斜面を少し下りてみたものの何もなさそうだったので、おそらく主郭北の3つめの堀切あたりが北限かと思われます。
※自分は関係ない部分も散策してしまったためリアには90分かかりました。(が、普通はそんなにかからないはず。)
※それでもまだ時間があったため、この後に金井山城をリアしてから飯山に向かいました。
■写真
①最初の堀切西端の石積。
②二重竪堀。
③二重竪堀付近の複数ある石積の1つ。
④主郭ちょい手前の堀切。
⑤主郭。
⑥主郭北側の堀切1つめ。
⑦主郭北側の堀切2つめ。
⑧主郭北側の堀切3つめ。
※堀切の写真が多めになっちゃいましたが、とにかくそこかしこに石積の痕跡があります。探してみるのも楽しいかと。
2021年11月07日 【うっかり】赤かぶ
寺尾城は長野市松代町東寺尾の赤塚山に築かれた山城です。長野ICから近い位置にあります。行き方ですが、登城ルートの一つに愛宕社があります、その麓に地蔵堂がありますのでGoogleマップで「松代 地蔵堂」で検索すると良いかと思います。
古くは尼厳城の出城であり、海津城築城後は東北方面を固める役割を果たしたとも言われています。天文19年 城主であった寺尾氏は信玄の砥石城攻めの時に村上氏にそむいて武田方に内通したため、村上・高梨連合軍の攻撃を受けた。砥石城攻めの途中だった真田幸隆が地蔵峠を越えて寺尾氏救援に駆けつけものの到着前に落城してしまいました。また対の位置には金井山城があります!!
登城口の地蔵堂から階段を登り先ずは愛宕社を目指します。愛宕社には大きな赤い天狗が掲げられています!愛宕社の石燈籠の手前から右に入り斜面を登って行きます。明確な道はない為、踏み跡をたどりながら土留めの石積みの間を通って行きます。上がり切ると段状の曲輪 堀切を経て主郭にたどり着きます。
主郭には寺尾殿之墓と周囲にはうっすら土塁・微少の石積みが見られます♬︎主郭から更に北側へ進むと堀切2条がありました♪
全体的に広葉樹で覆われ、ひっそりと遺構が残っている感じのお城でした。松代には素晴らしい山城が幾つもあります、その一つとして寺尾城にも行って頂ければと思います!
① 登城口
② 愛宕社
③ 主郭南側の堀切
④ 主郭 土塁
⑤ 主郭北側の堀切1条目
⑥ 主郭北側の堀切2条目
⑦ 主郭 石積み









