宇賀山砦

宇賀山砦([小諸城  周辺城郭])

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宇賀山砦の口コミ情報

2026年04月22日 内記かずりヾ(・ε・。)


宇賀山砦は小諸城の西北西約3.6km、大石沢川東岸(左岸)、千曲川北岸(右岸)、標高約684mの丘陵台地緩斜面上平場に立地した砦です。南麓の舗装道路からの比高は25m位でしょか。

行き方はGoogleマップに位置登録されている天台宗の寺院、宇賀山観音院「東漸寺」を目標に設定して下さい。この寺院の境内に建つ関東大震災供養塔の場所が城地となり駐車場も付いている。

築城年代は不明、築城者には柴生田氏が推測されている。同氏については同じ小諸城のリア攻めマップにある芝生田館を参照して下さい。宇賀山砦は居館の主の詰城とも云われている。

永享八年(西暦1436年)三月六日、信濃守護、小笠原治部大輔入道(正透、一般的には政康の名で書かれる。)は、佐久郡芦田郷に拠る芦田氏の討伐のために千曲川を渡り、同氏に同心する祢津氏の本領に攻め寄せ、柴生田、別府の両城を落城せしめている。柴生田氏の詰城とも伝わる宇賀山砦は、芝生田館と一体の関係にあると考えられる事から、これと同様の運命を辿ったであろう事は想像に難くない。

…応永三十五年(西暦1428年)正月、前将軍の足利義持が死去したが、その後継は籤引きによって選ばれた青蓮院門跡義円であった。義円は還俗して義亘、将軍に就任した翌年には義教を名乗ったが、将軍職への補任を期待していた鎌倉御所の足利持氏はこれに強烈な不満を抱き幕府と対立した。

…正長元年(西暦1428年)十月、足利持氏は、越後守護代、長尾邦景等を誘って幕府に反逆を企てた。この事態に当の幕府は、信濃守護、小笠原政康を信濃国に下向させて鎌倉府の動きに備えている。

…こうした状況下の中で小笠原政康の信濃国統治は進められた。政康が重きを置いた分国統治の地方は上野国に接する佐久郡である。関東に通じる交通の要衝であり、鎌倉府の懐柔策が浸透していた同郡や隣接する小県郡の安定化は幕府にとっても守護にとっても急務であった。

…永享七年(西暦1435年)、足利持氏に与同する小県郡の芦田下野守が佐久郡に進出、大井持光の所領と隣接する同郡芦田郷に要害を構えた事により、芦田、大井、両氏の問に軋轢が生じた。これに対して幕府は信濃守護に、越後守護代、長尾邦景と合力して大井氏を援けるよう指図した。一旦は和睦となったが、翌年三月、小笠原政康は、海野、祢津氏等の支持を以て執拗に反抗を続ける芦田氏を討伐すべく祢津氏の本領へと攻め寄せ、柴生田、別府の両城はこの際に落城した。

砦は丘陵台地上の南縁部に立地し南麓から見れば丘城である。極めて単純な単郭の縄張だが、途切れた部分もあるとはいえ、コの字形の横堀が辛うじて健在、主郭の北側に付く土塁は良く残っている。堀形は他にも見られるのだが最近の道跡の可能性が非常に高いか。全体的に見ればファジーである事は否めないのだが、むしろこの場所に城郭遺構が保たれている事に驚くべきなのかもしれない。

該地の小県郡柴生田、別府の現在は、広大な耕作地の中に住宅地が散在する長閑な地域だが、室町時代には幕府と鎌倉府との思惑が直接形となって衝突した重要な場所である。芦田氏の討伐を成し遂げた信濃守護、小笠原政康は、信濃国の分国統治に前進し、永享九年(西暦1437年)八月十八日には、依然として反抗を続けていた村上安芸守頼清が上洛、将軍、義教に対面し恭順の態度を示し、これを以て守護による信濃国の一円支配は完成を見る事となる。但し、その期間も長くは続かず、嘉吉二年(西暦1442年)八月九日、譲状の無いままに政康は小県郡海野において死去、小笠原氏は家督相続を巡って後に三家に分裂、以降、同国の全土に守護の威令が行き渡る事は無くなった。

※芝生田館と一体の関係〜砦と居館は馬場を介して殆ど隣接している。

※足利持氏はこれに強烈な不満を抱き幕府と対立〜持氏は義教を「還俗将軍」て呼んで大いに侮っている。還俗野郎…みたいな感じなんやろか、口悪ぃなぁ…

※関東に通じる交通の要衝〜醍醐寺座主、黒衣の宰相と呼ばれた満済が記した「満済准后日記」には、「サク(佐久)郡ヲトヲリテ、ウスイタウケ(碓氷峠)ヘモ、マタ上野国ヘモ罷リ通ル」とあり、幕府にもこの認識があった事が判る。

※同国の全土に守護の威令〜室町時代には代々信濃守護職を世襲した小笠原氏だが、信濃国全土にその威令が行き届いたのは僅か5年程の間に過ぎない。

※写真①は南西方、芝生田館付近から撮影した近景っす。この付近には「馬場」の小名が残っている。

※写真②は東漸寺の駐車場を撮影した物っす。

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