三峰城(旭城・おてんじょう・左嶺城)
三峰城(旭城・おてんじょう・左嶺城)([虚空蔵山城 周辺城郭])
虚空蔵山城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「三峰城(旭城・おてんじょう・左嶺城)」の地図・口コミがご覧頂けます。
※「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。
三峰城(旭城・おてんじょう・左嶺城)の口コミ情報
2026年04月02日 内記かずりヾ(・ε・。)
三峰城(旭城・おてんじょう・左嶺城)は虚空蔵山城の西方約4.9km、会田川北岸(右岸)、潮沢川南岸(左岸)、安曇野市と松本市に跨る小山脈中の一山、標高889.7mの山稜山頂部を中心に立地する砦です。北麓の国道403号からの比高は310m位でしょか。
行き方は…同じ虚空蔵山城のリア攻めマップにある佐々野城の口コミを参照して下さい。同城の主郭から尾根稜線上を北行すれば10分弱で辿り着く。佐々野城と三峰城は一体の砦である事から誰でも訪問を合わせ技にしない訳にはいかないだろう。
築城年代は不明、築城者には筑摩郡会田御厨、後の会田郷に拠った虚空蔵山城城主、会田氏が推測されている。山中の交通の要衝、神木平を直接扼す砦であり、善光寺道に合流する間道が城地の東側直下を通っている。砦の発生と存在意義についての個人的な考察は佐々野城の口コミに書いてある。
三峯社に関係するお山なのかなて思ってたんだけど、別称には「左嶺城」てある。該地は尾根稜線上の山頂ピークが連続する場所なんだけど、何処が中嶺、右嶺になるのかはさっぱり…
佐々野城からは凄まじい地すべり地形を経た後に一騎駆けの長大な細土橋様地形を進んで城域に入る。信濃のお城の神は渡り切った所にある小ピークを南堡塁として縄張に含んでいるが特に何かがある訳ではない。眼前には主郭も見えているが此処からの登頂は困難なので主郭からの北東尾根を巻いてから登るのがよい。
縄張は概ねで2郭で構成されるコンパクトな砦だが、主郭と縄張図における通称2郭は堀切によって隔てられ、主郭からの北東尾根と縄張図における通称2郭からの北西尾根にはそれぞれに連続堀切を穿っている。但し、これ等は総じて埋まり気味、季節によっては気付かない事もあるだろう。又、北西尾根の最終堀切を過ぎると痩せ尾根上の小ピークが現れるが、信濃のお城の神はこれを北堡塁として城域の北限(西限でよいと思うが…)を推測している。縄張自体は特に目立ったものは無いのだがダイナミックな地形を城地に選んでおり、個人的には大好物、貧乏ながらも隣人との喧嘩なら少人数(10人位…)でも何とか出来るんじゃないかと思わせてくれるだけのものは持っている。
…帰り際に佐々野城の堀切を写真に撮っていたら背後からがさがさする物音を聞いた。立ち止まって警戒していると、更に勢いを増してこちらにどんどん近付いて来る。後退りしながら慌てて熊除けスプレーを取り出そうとしたら、「待って下さ〜い、怪しい者じゃありませ〜んっ!」て声が主郭から聞こえた。
…何でも北麓の山中(さんちゅう)集落で農業を営んでいる若夫婦?なんだそうだけど、農事の合間に暇を見付けては周辺のお山に入っているそうで此処へ来るのは2回目らしい。夫婦は佐々野城の事は知っていたんだけど、三峰城の事は全く知らなかったらしく、おいらが指差しして場所を教えると、「あれがそうなんだ〜今度、二人で行ってみようよっ!」て旦那さんと目を合わせる。調子に乗ったおいらは付近の山道をマウントを取りながら丁寧に教えると、「あ〜、やっぱり地元の方はよく知ってますね〜あたし達、全然知らなかったですもん。」てお褒めの言葉を頂く…そう、東京の南青山育ち、アーバンな都会系山城好きである事を彼等に言いそびれていたんで…そりにしても誰も人が入らないて思ってたお山で人に出会う事程怖いもんはないわ…
※初訪問の際、帰り道の途上でおいらは初めてアナグマ(狢)て生き物の存在を知った。側溝から突然飛び出して来たんで思いっきり跳ね飛ばしたわ…
※マウント〜自分が上位者である事を相手に事由等を以て承認させる行為である。基本的に当人の孤独しか産み出さないんだけど、万人がひれ伏する圧倒的な美少年であるかずぽんにはそりが許されている。ちなみに格闘技における「マウントを取る」は、取られた側に絶望的な状況を作り上げる。









