向ヒ屋敷見張番所

向ヒ屋敷見張番所([戸石城  周辺城郭])

戸石城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「向ヒ屋敷見張番所」の地図・口コミがご覧頂けます。

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向ヒ屋敷見張番所の口コミ情報

2026年04月18日 内記かずりヾ(・ε・。)


さて、もはや居館、屋敷ですらないびっくり物件を紹介するぜ、だからってあんましびっくりすんなよな…

…番所ですわ、番所、現代なら交番て事になるんすかね、もはや警察署ですらない…近世城郭の城中にあるんなら皆さんの関心を引く事も出来るんだろうけど、あくまでも中世〜戦国時代の番所なんでそこは勘弁してくらさいな。「何でこんなのわざわざ訪ねるの?」て問われれば、「信濃の山城と館8、水内・高井・補遺編」に掲載があるから…て答えるんだけど、ガチにそり以上の理由は一切ありまてん…

向ヒ屋敷見張番所は戸石城の南南西約0.7km、神川西岸(右岸)、矢出沢川東岸(左岸)、標高約579mの段丘台地上平場に立地した番所です。簡単に言えば、同じ戸石城のリア攻めマップにある米山城の南西麓に当たり、立地から米山城に付随する番所だと推測されている。

行き方はGoogleマップに「米山城見張番所」の名称で位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。車で横付け出来るしそのまま路駐でOK♪クラクションを鳴らされたらリア攻めを切り上げてとっとと帰ろう。

築かれた年代は不明、築いたのは村上氏であろう。戸石城は、砥石城、本城、枡形城の三城で構成されているが、これに加えて、同じ戸石城のリア攻めマップにある、飯縄城、米山城、砥石城の番城、福沢出丸、内小屋、金剛寺城代屋敷、各番所等を構成要素に含む、戸石の城山を中心にして展開される純然たる城砦群の総称であると言ってよい。個人的にはその規模の大きさから、村上氏時代には、天文二十年(西暦1551年)五月二十六日の「砥石ノ城眞田乗取」まで、断続的ながらも普請は続けられていたものと考えている。向ヒ屋敷見張番所もそうした拡張の中で必要に迫られて設けられた道押さえの番所の一つであったろう。番所の西側を南北に通る道は、米山城の城下である金剛寺へと通じており、番所を過ぎて矢出沢川を渡ると中村の枡形へと至る。従って番所は単純に米山城にのみ付随するものとは言い難い面がある。

ちゃっちゃと終わらせよう。番所の現況は西側の舗装道路より一段高い平場(空地)となっており、敷地の東側には米山の城山の急な斜面が迫っている。古式の石垣が確認出来るのだがその時代は不明、番所跡を想起させるものはその占地だけだ。全体的に見れば、「あ〜こんな感じになってるんすね〜」としか言いようが無いわ。

位置の特定が難しいかなと思ってたら説明板が立ち傍らには標柱も建っていた。設置者の砥石米山城跡保存会さんを大いにリスペクトしたいぜ。ちなみに同会が発行する、「米山城の里 金剛寺 歴史散策ガイドマップ」が秀逸だ。戸石城や米山城関連の全てを余す所無く教えてくりる裏戸石城ガイドマップとでも言うべき内容であり入魂の一作となっている。戸石城マニアはネットでダウンロード出来るので参考までに。個人的には番所の北側に立地したと云われる向ヒ屋敷の方が気になったんだけど、正確な位置も含めて情報等が全く探し出せなかった。

※探索は真面目にやっちょる。生真面目な美少年なんで…ネガティブな事ばかり書いたんだけど、訪ねればそれなりに楽しんでしまえる安い人間に成長したおいらには十分過ぎる程の物件だ。

※中村の枡形〜集落内の枡形だが何処だか判らんかってん…たぶん通り過ぎていたと思うさ。

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