米山城

米山城([戸石城  周辺城郭])

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米山城の口コミ情報

2026年04月16日 内記かずりヾ(・ε・。)


さて、読み方一つで世界が変わるもんだ。いきなりなんすけど、皆さんは「米山」を見て何て読みやすか?たぶん、大概の人は当然の如く「よねやま」て読みやすよね、おいらも実はそうだった。でもねぇ…そりが当てはまらない地域等もあるんすわ。今回紹介するのは、そんな「米山」を名称に冠する物件、おいらはあらゆる意味で誤解してやした…

米山城(小宮山城)は戸石城の南西約0.3km、神川西岸(右岸)、矢出沢川東岸(左岸)、標高1300.7mの東太郎山から南東へ伸びる支尾根端部上、標高734mの山稜山頂部を中心に立地する要害です。西麓の矢出沢川からの比高は150m位でしょか。簡単に言えば、戸石の城山の隣峰に立地し砥石城とは尾根続きにある。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。取り付きは同じく位置登録がある、西麓の「砥石・米山城跡登山口」か、南麓の「砥石・米山城 櫓門跡」からとなり、どちらにも駐車場が付いている。誰でも米山城の単独訪問はあり得ないと思われるので選ぶなら後者だ。

築城年代は不明、築城者も不明としたい。戸石城は、砥石城、本城、枡形城の三城で構成されているが、これに加えて、同じ戸石城のリア攻めマップにある、飯縄城、米山城、砥石城の番城、福沢出丸、内小屋、金剛寺城代屋敷、各番所等を構成要素に含む、戸石の城山を中心にして展開される純然たる城砦群の総称であると言ってよい。但し、米山城の発生については全く別の観点から捉える必要がある。

その立地から戸石城の出城との見方が大勢を占めておりそれは全く正しいのだが、米山城は戸石城城砦群を構成する一つとして新たに普請された訳ではなく、元からあった独立した在地土豪層の要害等を再利用したものだとする説がある。縄張的にも村上氏の要害としては単純に異質だ。。同氏の拠点城たる戸石城は、米山城では手狭に過ぎる事から築かれた要害であったと考える。

米山城の南麓に位置する、同じ戸石城のリア攻めマップにある長島の堀之内の館主は小宮山氏と伝わっている。同氏は滋野三家の一つにして滋野氏の嫡流家、海野氏の同族と推測されており、村上氏が小県郡に勢力を伸長させる以前には、米山城はこの小宮山氏の要害であったようだ。応仁二年(西暦1468年)の「海野大乱」に引き続き、同氏が厳しい立場に置かれていたと考えられる記述が「諏訪御符禮之古書」、文明五年(西暦1473年)癸巳五月會明年御頭定の条には書かれているが、小宮山氏はこの前後に居館地の長島を退転していた可能性が高い。

…さて前置きに戻ろう、おいらは「米山」を「よねやま」て読まない地域等もあるて言った。即ち、この要害における「米山」は「こめやま」て読ませる。つまりは「こみやま」が訛ったものなのだ。はっきりした事は判らないんだけど、小宮山氏の要害であったから小宮山城(米山城)なのだと言ってもよい。

戸石城城砦群を構成する要害の中では最も薄い物件だ。三段の郭で構成される連郭式の縄張、これに加えて小郭程度の腰郭が城山の南面に幾つか設けられている。城郭遺構としては主郭の北面切岸に付く絆創膏程度の石積み、土留めかと思われるが果たして効果はあったんだろうか。ちなみに主郭には四阿、「村上義清公之碑」と大書された大きな顕彰石碑と標柱が建っており、標柱の傍には説明板が立っている。

おいらは単純に過去に戸石城の米蔵を担当していた実績(「長野県町村誌」)や、白米伝説に因む事から米山城て名付けられたて思っていたんだけど、薄い物件、且つ、戸石城城砦群を構成する一つである事から、ろくすっぽ疑いもせずにそのままとしてきた。今回の再訪に併せて真面目に調べ上げてみた結果、そりが誤りである事に改めて気付かされた格好になる訳だ。己れの不明(無知とも言う…)には本当に恥じ入るばかり…もう、ダメめぐら〜て呼んでくれても一向に構わないんだけど、たぶん、口汚い言葉で罵った挙句に猫パンチでぽかすか叩くよ。

※晴れた日なら主郭の四阿でおにぎりを食べると最高だ。傍らにある登山ノートに世界平和を祈念するメッセージなんかを書き込むのもよいかもしれん。但し、薄い物件である事に間違いは無いんで食い終わったらとっとと尾根続きの砥石城を目指すのが正解だ。ちなみに同城へは腹立つ事に下りた後に結構な急登を強いられる。

※戸石城の米蔵〜簡単に連絡が失われてしまうような場所にわざわざ米蔵は建てないだろう。本城で事足りる筈…更に言えば、米山城の立地は城砦群の最前衛に当たっている。

2024年10月19日 鈴木剛


米山城は、砥石城の西南の峰続きにあって本郭の南下に二の郭・三の郭を配置し、その下に腰郭も築かれています。白米を使って馬を洗う白米伝説も残っているそうです。

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