長尾城

長尾城([横尾城  周辺城郭])

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長尾城の口コミ情報

2026年05月09日 内記かずりヾ(・ε・。)


長尾城は横尾城の北東約0.9km、神川北岸(右岸)、標高1010mの山稜山頂から南方へ伸びる尾根上段上、標高約940m地点の平場を中心に立地する詰城です。南西麓の尾引城跡登城口からの比高は250m位でしょか。

行き方は…横尾城の口コミ等を参照してとりま横尾城まで登ろう。後は後背尾根筋を我慢しながら登るだけ、一応、道が付いてるし分岐には下りてしまわないように案内板が立っているので迷う事は無いだろう。但し、登山道を軸に考えれば奥山に当たるので誰でも不安は抱く筈…気持ちを和らげてくりる展望も開けてはいない。

現時点での情報となるんだけど、同じ横尾城のリア攻めマップにある大柏山信綱禅寺付近に鎮座する金毘羅大権現の裏手から作業用の林道が伸びている。伐採と植林が併せて現在進行形で行われているんだけど、麓からかなりの高所までお山の斜面が文字通りの丸裸になっており、この重機が削った林道を登り切れば城地は殆ど目と鼻の先だ。但し、帰りに下りてみたんだけど、九十九折りの一辺が長過ぎる…傾斜も緩く時間ばかりを浪費する。おいらは途中でイラついてしまい、結局は道を無視して斜面を直下した。利点はお山に入る不安が軽減さりる事ぐらい…

築城年代、築城者は不明です。「長享日記」には、「同年(長享二年、西暦1488年)、戸石城ノ要害ヲ兼ネ横尾ニ三ヵ所城ヲ築ク   打越城   長尾城  此二ヶ所ハ番城トメ  水内高井埴科更科佐久小県諸士交代デ之ヲ守ル  本城ハ横尾丹波守吉信ノ居城也…後略、」とあるそうで、日記の信憑性については疑問符が付くものの村上氏による小県郡進出の時期と符号する事もあり、無下にこれを否定する事も出来ないだろう。その記述には、戸石城の支城として築かれた横尾城の番城、二箇所の内の一つ、水内、高井、埴科、更級、佐久、小県の各郡の諸士が交代でこれを守っていたとあるが、この事を鑑みれば、横尾城の詰城等ではなく村上氏が直接差配した砦という事になる。

2回目の訪問だが今回は時間に余裕を持って探索してみた。縄張は細尾根に2郭で構成される。主郭は段付き、縄張図における通称2郭には北側山側端部に土塁が付く。堀切は要所に3条が確認出来るが総じて埋まり気味…状況によっては目を凝らす必要があるだろう。全体的に見ると人によっては薄い印象を受けるかもしれないが、仔細に見て往時を想像すれば非常に丁寧な造作だと気付く筈…細尾根を一つとして形状を捉えれば要害感にも長じており個人的には大好きだ。

…真田郷や該地の横尾、その周辺地域の一部を総称して「真田の庄」等と呼ぶ事が散見されるが、これは武田氏時代に真田氏の知行地であった事、明治時代に、大日向村、真田村、横尾村、横沢村が長村に一括された事、長村が後には真田町へと発展解消された事等を理由とすると思われる。但し、真田村(郷)と横尾村は、江戸時代まではあくまでも別の行政主体である。

長享二年(西暦1488年)戌申七月吉日、諏訪社下社が注した「春秋之宮造宮之次第」には、「御瑞籬四拾三間之内」、一拾間を負担する、「ほうひ之郷洗馬、曲尾、横尾、」が見え、洗馬、曲尾、横尾の三村によってほうひ(放火)郷が構成されていた。

天正六年(西暦1578年)戌寅二月七日の「下諏訪春宮造宮帳」には、「一 春宮瑞籬拾間造宮 真田之内芳比之郷」として、「古令 合四貫八百文 横尾 代官 北澤大蔵 同 合四貫九百文 曲尾 代官 石見守 同 合三貫文 洗馬 代官 虎澤大蔵 同合六百文 右之郷之 右本帳之 都合拾弍貫七百文 此外六百文…後略、」とあり、同帳には「真田之内」として「芳比之郷」が見える。

武田氏時代に「芳比之郷」が「真田之内」とされたのは真田氏の知行地の内であった事がその理由であろう。故に後世、真田郷と放火郷とを合わせて「真田の庄」等と呼ばれる事が一部の間で定着した訳だ。但し、両郷が平安時代から中世に至るまで、荘園を構成していた時期は一度たりとて無かった筈…「庄」と呼ぶには過分に過ぎると思うのだが…

※ほっこりするよな横尾城の後背地に当たるんだけど、登城中に熊さんの痕跡を何箇所かに発見した。その意味では登城難度は格段に上がる。ちなみにこりはおいらの経験から話をするんだけど、奴等の痕跡が登山道等、人目に付き易い場所に残っているのは何故なんやろ…藪の中で見掛けた事が一度も無い。

2024年10月20日 鈴木剛


看板にあったようにまっすぐ進むと広場に出ました。案内板はあったのに現地には看板がありませんでしたが、ここが長尾城だと思います。

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