根古屋城(千古屋城・高い城)
根古屋城(千古屋城・高い城)([横尾城 周辺城郭])
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根古屋城(千古屋城・高い城)の口コミ情報
2026年06月23日 内記かずりヾ(・ε・。)
根古屋城(千古屋城・高い城)は横尾城の西方約1.0km、標高1300.7mの東太郎山山頂から北東へ伸びる尾根末端部上、標高約772m地点の平場を中心に立地する要害です。東麓の神川からの比高は105m位でしょか。該当山尾根は東方から見れば全くの独立山稜、南面は深い沢筋が峰を断ち切り、北面は米山の城山から連なる小山脈が殆ど崖地となって終わる所である。
行き方はGoogleマップに「根古屋城跡登城口」が位置登録されているので目標に設定しよう。車は未舗装林道の端に寄せて捨てられる。但し、現在のところ登城路は崩落のために立入禁止…大人だったら解るだろう、入ってはいけない場所に立ち入ってはいけないのだ。軽く虎ロープが張られている事だし、諦めて山道に1mmも被らんようにフル直しよう。ちなみにこの登城路、前回登った時と殆ど様子が変わっとらん…て、登ってないんで知らんがな。
築城年代、築城者は不明だが、後述するように個人的には村上氏の普請だと考えている。
「長野県町村誌」には、村(傍陽村)の南部字若宮の北に在り。北は峻厳壁立数十仞天険の地なり。其峯頭平坦にして方廿間(約36.4m)又東南二面に、人工なる小平地数十所あり。里老の云ふ、此砦は天文中(西暦1532年〜1555年)村上氏砥石合戰の際、敵の掩撃を拒がん爲め、将校を置し所にして、即小屋若干を作り戌卒を置く、故に又千小屋の城とも稱すと云ふ、未詳。此砦より南の方十町(約1091m)を隔て山嶺に陣場の畝の稱あり。又其南方数町の地に武士水の稱ありて、皆砥石城への通路に係る。一に曰、其後大熊備前守朝秀居城す。又松代藩名士小傅に、朝秀は越後國春日山の城主、上杉景虎の幕下に属し、同国箕冠山の城主にして三萬石を領し、士大将たりしに、故有て浪人し甲州に来走し武田晴信に属し、三郎兵衛山縣昌景が組下となり、屢武功を顕し、受領の上旗本足軽大将となり、騎士三十人、足軽七十五人を預け、𡑭地を興へられ、當城(千小屋城とあり。)の城主となり、天正十年(西暦1582年)三月十九日卒す。甲州妙遠寺に葬る。徳恩院と云ふ。嫡子五郎左衛門常光、十年三月甲州滅後、眞田昌幸に属し、武功あり、次男勘左衛門(一に六蔵)共に昌幸に属す。」とあり、村上氏が天文年間に砥石城の支砦として築き、将校、戌卒を置いたと書いた所とし、武田氏時代には山県三郎兵衛昌景の組下、後の足軽大将、大熊備前守朝秀が居城したと書いている。但し、山県昌景の組下が小県郡に知行地を有していたとは到底考え難く、真田氏に出仕したその子、五郎左衛門常光、その子、勘左衛門の事跡等と混同があるように思われる。
縄張は2郭で構成されている。縄張図における通称2郭は主郭から一段下がった北西尾根に造成され、その前後には1条の堀切と1条の二重堀切がそれぞれに穿たれているが、矢竹の群生に加えてしっかりとした木橋が設けられており(現在は損壊している。)鑑賞に耐えない。主郭には明瞭な土塁が付き、削平も見事、確かに町村誌の言うとおり小屋掛けされていたのかもしれない。この要害のハイライトは主郭の北東側斜面に付く、遮蔽土塁から始まる雛壇状の腰郭だ。各小郭の削平や切岸の角度、高さも良く保たれており、誰でもこの部分には感動させられる事だろう。又、城地の北側斜面が絶壁に近い事にも驚かせられる。ちなみに土留めの石積みが随所に見られるのだが、主郭は後世に何らかの社跡であったとも見て取れる事からその時代にあっては不明、確実に往時のものだと言い切れる箇所もある…とだけ言っておく。
埴科郡赤柴へと抜ける地蔵峠道は、城山の東麓を南北に通り、神川と傍陽川の合流点を右に見ながら西方へ向きを変え入軽井沢の大庭へと入るが、城地はこれを直接眼下に収める道押さえの要害でもある。道筋は戸石城を構成する枡形城の後背地に位置する金剛峠を通ってから伸びており、町村誌の記述にある「敵の掩撃を拒がん爲め、」とはこの事を言っている。
※別称にある「高い城」だけど「低い城」も当然あるよ。
※探索に危険を伴う箇所もある。
※大熊備前守朝秀〜長尾氏を離反し武田氏に出仕し活躍したが、老齢ながら天目山において武田勝頼に殉じて討死した。後世の評価は芳しくないがおいらは大好きだ。町村誌の記述にあるとおり、越後国頚城郡内のアプリの登録城、箕冠城の城主でもあった。
※金剛峠〜今も城地から山道が付いている。戸石城まで縦走可能だけど眺めも悪く特に見所も無いんで凄まじくだるいよ。









