上ノ山城(殿山城)
上ノ山城(殿山城)([平瀬城 周辺城郭])
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上ノ山城(殿山城)の口コミ情報
2026年02月05日 上総介赤備えヾ(・ε・。)
上ノ山城(殿山城)は犀川東岸(右岸)、標高841.4mの上ノ山山頂から北西へ伸びる尾根上段上、標高約767m地点の平場を中心に立地する砦です。西麓の国道19号からの比高は220m位でしょか。城地の東面直下には小沢が流れており、山間が深く削られ険しい谷筋が形成されている。ちなみに上ノ山は斜面崩落が絶え間無く続いているようなお山、西側斜面はグラウンドアンカー工法による継ぎ接ぎが所々に露出する痛々しい姿を見せている。
行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。麓からの比高差のある砦だが、北東麓から幅員のある舗装林道が城地の直下をかすめて登っているので苦労する事が全く無い。徒歩で登る比高は15m位になる筈だ。車は路肩に捨てても大丈夫、探索時間は僅かだし基本的に誰も通りゃしない。但し、林道は冬季に閉鎖となるので注進が必要、他の行き方もあるにはあるのだがそこまで頑張る必要が無い物件だ。
築城年代、築城者は不明です。別称にある「殿山城」から在地領主層の在城も窺わせているが、正直、殿様が苦労してまで居するような場所ではない。
「長野県町村誌」には「殿山城址」として、「上ノ山の北の方、本村(上川手村)の東にあり。空濠今尚存在す。城主不詳。」とあり、簡易過ぎる絵図が添付されている。この絵図を見ると、V字に分かれる山道の間に占地しており、砦の両側には集落間を結ぶ間道が通っていたようだ。主な役目もこれにあったろう、砦と言うよりは番士の常駐がある番所であろうか。
2回目の訪問だ。前回は登城に30秒、探索に約10分のスピード重視のリア攻め…日も暮れる時分にこんな山の中に一人で長くいるなんてとても無理な話だった…写真すら撮っていない。単独訪問には成り難い物件だが、最低でも写真ぐらいは残しておきたい…そんな気持ちで今回は真面目に取り組んでみた。
…なんだけどねぇ、なんちゅうか、はっきり言って写真映えしない砦なんだよなぁ…縄張は三段の郭で構成さりる単純なものなんだけど、一般的な山城の尾根上の段郭の部分がそのままて感じ…そり以外に城郭遺構は見出せないし、ましてや町村誌の言う「空濠」なんてある筈も無い。大目に見て主郭に土塁様の土の高まり、切岸に若干の石積みの残滓が認めらりる程度…かなり頑張って写真を撮ったんだけど、辛うじて映えたのは城域の手前(縄張図だと城域内だけど…)に付く浅い堀底道のみ…あ、言い忘れたけど、一応、安曇野市の指定史跡、びっくりする事に前述した林道には標柱が建ち、主郭には結構、立派な説明板が立っている。
主郭の説明板には、「…前略、城主は小瀬巾の花村若狭守で、その館は現JAあづみ上川手支所の敷地にあったと考えられている。」とあるが、調べてみたら花村若狭守は武田氏時代の城主であり、その名は親吉、元は村上氏の被官であったと伝えられている。該地の安曇郡田沢に若狭守があった事に間違いは無いのだが、同名は同じ平瀬城のリア攻めマップにある田沢城の城主であったとも伝わっている。
※北向きのお城、山陰でもあるので夕方にならないと殆ど陽が当たらない。おいらは当日に行き直した。
※その館〜同じ平瀬城のリア攻めマップにある花沢(村)氏館の事だ。再訪しようと思っていたんだけどリア攻めが精神的に非常に辛い物件…今回はパス…
※写真⑧は犀川の堤防上から撮影した遠景なんだけど何処だか判らん…









