内山城

内山城([平賀城  周辺城郭])

平賀城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「内山城」の地図・口コミがご覧頂けます。

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内山城の口コミ情報

2022年09月12日 昌幸近江守嗚呼ガラシャ様


下仁田街道北側に位置する内山城。南側の平賀城と共に上州への往来監視を行なっていたと思われます。
詳しい歴史は諸先輩方が書かれていますので、そちらをご覧になって下さい。

主郭を中心に鶴翼の構えのような構造です。

麓の園城寺さんの駐車場に停めさせてもらい登城しました。
大手道は消えかかっていて笹藪の中を登城、帰りも西尾根の堀切を見たくて降りてきましたが、あるはずの道がなく園城寺さん裏へ強行下山する羽目になりました。
足場が良くないところがあります。城域内はアップダウンが激しく、その日3城目だった僕達はかなり体力を奪われました。熊の出没する地域という事情を考えて一人での登城は避けるべきですね。

まあネガティブな意見ばかり並べてしまいましたが、至る所に散りばめられた石積みが、お城をデコレートしているように思えてとても見応えがありましたよ。是非めぐら〜さんと楽しい思い出を作って下さいませ。

【写真の説明】
①南尾根にある馬場。下仁田街道に一番近いからか、郭内はとても広い。
②大手沿いの段郭の一つ。石積みが見られる。
③三郭下に、城友さんが竪堀らしき遺構を発見。その内の1条。
④三郭に積まれた石積み。
⑤搦手側の堀切。複数あるようだが1条しか分からなかった。
⑥堀切は竪堀となり落ちていく。
⑦水の手に普請された石積み。
⑧西尾根は岩盤を利用した堀切がある。

2021年11月21日 内記かずりヾ(・ε・。)


〜内山城番外編〜

内山城の詳細?については以前の口コミを参照して下さいまし。

初訪問時、このお城は自分にとってこの後に待ち受ける苦い経験の始まりとなりました…

2019年5月24日、この内山城から内山古城を経て五本松城まで縦走するルートを取り、喜び勇んで挑戦したのですが見事にその気持ちを折られてしまいました。内山古城(奥山である。)の手前付近でたぶん親子連れと思われる複数頭の熊さんに囲まれてしまい恐怖に駆られて敗走、尾根を外して遠くに見える採石場だけを頼りに倒木だらけの道無き急斜面を泥だらけになりながら下山しました。熊さんの姿は一瞬しか見えなかったのですが、恐怖で身動きの取れない自分に投げ掛けられる威嚇音は忘れる事が出来ません。たぶん走って逃げなかったのは倒木が幸いしたんだと思います。襲われたり擬似突進されたりしなかったのは不幸中の幸いでした。

自分はこの時まで熊さん対策を結構疎かにしていて、「大丈夫だろう…」ぐらいの感覚でしたが、これ以降は熊研究家になれるぐらい対策を勉強しました。それでもこの年は自分にとって熊さんフィーバーとなってしまいまして、シーズン中に7回の遭遇か目撃、結果として自分が選択した最良の対策はシーズン中に熊さんの出没する山には基本入らないというものでした。信濃のお城全制覇を目指していますし意外に思われるかもしれませんが、初春から初冬までは長野県の山には基本入りません。事に臨んで臆病である事は悪い事じゃないと思います。

今回同じルートを選択してトラウマ城ではあるけどどうしても行きたかった五本松城をリア攻めする事が出来ました。同行してくれた遠州の城友さんに感謝です。そしてこの時期でしか見る事が出来ない内山城の素晴らしさにも改めて触れる事も出来ました。山城最良のシーズンの到来はもうそこまで来ていますね!

2020年09月06日 龍馬備中守【】


長野県の佐久市にある内山城♪

大井美作入道玄岑が築城したと伝わります☆戦国時代の城主は信濃国衆・岩村田大井氏☆
しかしながら忍び寄る甲斐の武田晴信(信玄)は信濃侵攻を開始☆信濃・長窪城主・大井貞隆は武田方に捕縛☆大井貞隆の子・貞清が内山城において抵抗します☆一度は引くものの再度、武田氏は佐久郡へ侵攻☆内山城攻めを行いました☆これによって大井貞清は降伏し野沢へ退きます☆その後、大井貞清は武田氏に臣従していきます♪

武田氏が滅亡後には徳川家康の家臣・依田信蕃により攻略され廃城になります☆

このお城は熊さん🐻が出る様です☆
行かれる方は万全の準備を整えて行かれて下さいね♪情報として入れておきます☆

2020年04月27日 内記かずりヾ(・ε・。)


内山城は平賀城の北東約2.0km、南方へ延びる山塊尾根上、標高約913mのピークの一つに主郭が存します。西麓の園城寺からの比高は145m位でしょか。

2019年の5月24日にリア攻めしたものですので記憶が曖昧で?な箇所があったらごめんなさい。スポット作成はしてたんですが、口コミ初心者だったので今回改めてREDUXします。

築城年代、築城者は不明ですが、戦国時代には岩村田大井氏が城主で、長窪城主の大井貞隆の弟にして養子の貞清が城代でした。武田方の佐久侵攻が始まり、貞清は長窪城の落城の際に養父の貞隆が武田方に捕縛されていたにも関わらず抵抗を試みていますが、17日間に及ぶ戦いで城は明け渡され、貞清は武田氏に降りました。その後一時期同城の城代となりましたが、後に上原伊賀守(後の小山田備中守虎満)に替えられています。ちなみに小笠原氏の血を引く貞清の最期ですが、長篠の戦いでその子と供に討死しました。

内山城は武田氏の佐久における重要な拠点の一つで、改修と拡張が行われていたと推測出来ます。お城は凶悪な岩盤の上に築かれており、縄張がどうとか言う前に巨岩の嵐にまず圧倒されます。巧みに岩盤を用いて郭を形成したりする所は志賀城、平賀城にも似ていますが、最もキャラ立ちしてるのは内山城でしょう。主郭部周辺の郭の削平具合も見事でして、切岸には土留めの石積みも確認出来ます。又、石組みの井戸なんかもあるようですが、自分は探し当てられずにそのまま五本松城を目指して旅立ち、人生最大のトラウマを経験する悲劇に…

行き方はGoogleマップに位置登録されている園城寺を目標に設定して下さい。このお寺の墓地裏手から登城路が付いてます。

あれからもうすぐ1年…そろそろ冬眠中に出産(冬眠中に飲まず食わずで出産と育児を行う…自然界の常識を遥かに越えるのが熊さんです。)を終えた熊さんが子供を従えて姿を現す時期になります。めったに出会うもんじゃないけど、用心に用心を重ねて安全な山城LIFEを送りましょう。

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