湯原城
湯原城([龍岡城 周辺城郭])
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湯原城の口コミ情報
2026年06月12日 内記かずりヾ(・ε・。)
湯原城は龍岡城の西南西約3.8km、滝川南岸(右岸)、千曲川西岸(左岸)、標高約795mの山稜山頂部を中心に立地する要害です。北麓の滝川からの比高は45m位でしょか。
行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。たぶん案内のままでOK♪だ。車は路肩に捨てられる。取り付きは同じく位置登録がある「湯原城主依田氏供養塔」の背後からとなり途中まではしっかりとした道が付いている。道筋が判らなくなったら諦めて直登しよう。倒竹に悩まされると思うがが大した比高ではないので直ぐに城域内に入る。ちなみに供養塔の建つ場所は城地の地下を貫通する湯原隧道の出入口手前になる。
築城年代は不明、築城者には湯原氏が推測されている。同氏は後述するが祢津甚平貞直を家祖としており滋野姓である。佐久郡には他にも、臼田氏、小田切氏、小宮山氏等が同姓の氏族としてあったが、在名の地は千曲川の左岸地域に集中している。
承久三年(西暦1221年)六月の承久の乱を書いた「承久記」には、前日の雨によって増水した宇治川を渡る者の内に湯原六郎(貞基)の名が見える。
未見だが、高野山蓮華定院には、「湯原出雲守政辰 永正十六年(西暦1519年)七月二十日、六十五歳 湯原豊後守政長 大永元年(西暦1521年)五月五日 二十五歳」と書かれた過去帳が残っているそうだ。蓮華定院は湯原氏が定めた宿坊であったのであろう。少なくとも戦国時代の初期頃までは同氏の在地があったと考えられる。
但し、この頃には大井氏の家中、阿江木(相木)氏と争い湯原氏は没落してしまったようだ。過去帳にある湯原豊後守政長が若死している事からもそれが推測出来るだろう。武田氏時代の弘治三(西暦1557年)季丁己十二月吉日には、依田(相木)興七郎源長繁が、湯原大明神に鍔口を寄進しており、それ以前からの知行地であった事が窺える他、天正年間(西暦1573年〜1592年)の城主として、依田(相木)美濃守の名が伝えられている。
天正六年(西暦1578年)戌寅二月吉日の「上諏訪造宮帳」には、大宮之一御柱を負担する佐久郡大井庄の諸郷として、「湯原之郷 貳貫五百文 代官 上野」とあり、武田氏時代、湯原郷の代官に上野(植野佐渡守)があった事が判る。同名は城主の一人に比定されてもいるが、代官が城主であったとは少し考え難いように思う。
縄張図を見ると5郭で構成されているが実際には3郭で十分だと思われる。主郭は全周土塁囲み、縄張図における通称4郭にも結構な土塁が部分で見られる他、主郭から三方に派生する山尾根の何れにも堀切を穿つ手堅い造作だ。但し、堀切は総じて埋まり気味…鑑賞に耐え得るものは少ない。ハイライトは北側から見る主郭の切岸であろうか、佐久郡の城館ならではのエッジの立ち具合には感心させられる。
「陰徳太平記」や湯原家に伝わる系譜によれば、出雲国の尼子十騎の一角、牛尾遠江守幸清は、その討死?の際の遺言に、「先祖祢津甚平より伝え来りし諏訪のお守りを膚に付けて持ちて候」とあるそうで、特に系譜では、元は出雲湯原氏を出身とする同名(湯原次郎左衛門尉幸清)を佐久郡の湯原氏の後裔としている。牛尾氏は諏訪氏の傍流、中澤氏の分流であり、承久の乱の際の恩賞に大原郡牛尾庄の地頭職に補せられた事がその始まりだが、同じ神氏の一党とはいえ、祢津氏の甚平を先祖と言うのは何故であろうか。又、出雲の湯原氏は島根郡等に拠った氏族の活動がよく知られているが、系譜を信ずるならば、同国内に本姓を異にする二系統の湯原氏が尼子氏の下で存立していた事になる。色々と頑張って調べてみたがもやもやが募るばかり…この辺りの事情に詳しい方は御教示の程を宜しくお願い致します。
※出雲の国譲りに建御雷神に敗れた建御名方命が落ち着いた先が州羽海(諏訪)なんだけど、建御名方命を主祭神とする諏訪社の神氏の一党が出雲にあったなんて浪漫だなぁ…
※牛尾氏の本城、牛尾城はアプリの登録城となっている。出雲湯原氏の満願寺城も同様だ。
※「湯原城主依田氏供養塔」〜目標になるのでスポット登録して写真だけ置いておく。付近に建つ「湯原城主依田美濃守之墓」もGoogleマップに位置登録されているので併せてこちらもスポット登録して写真だけ置いておく。ちなみに墓ではなく現在は供養塔だ。
※牛尾遠江守幸清〜生没年が不明である。討死したとは思えないのだが…ちなみに子の一人の名は甚次郎、「甚」は「神」に通じ、神氏の一党の中に多い字だ。
2021年10月26日 【うっかり】赤かぶ
湯原城は佐久市湯原にある山城です!中部横断自動車道 佐久臼田ICから車で約5分ほどの所にあります!Googleマップにも出ますので参考にしてください。
今回は城跡の下を通るトンネルの南側から登城しました。僅かながら道が付いていますが、そのまま行くと墓地に出てしまいますので、坂を上りきったら笹薮の中に入って行きます!
竹林を北西方向に向かって歩いて行くと尾根上に出ます。さらに北西に進むと主郭切岸が見えてきます!北側から見るとより鮮明に分かると思います♬︎主郭北・南・西に堀切を見る事が出来ますが、結構埋まっちゃってます。
あまり整備はされておりませんでしたが、ICからわりと近い山城!アクセスは良いかな?!wトンネル北側からも登城出来るみたいですよ。
① 登城口
② 主郭北側の堀
③ 城郭西側の堀切
④ 主郭切岸
⑤ 主郭西側









