下畑城

下畑城([龍岡城  周辺城郭])

龍岡城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「下畑城」の地図・口コミがご覧頂けます。

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下畑城の口コミ情報

2026年06月11日 内記かずりヾ(・ε・。)


下畑城は龍岡城の南南西約5.7km、千曲川西岸(左岸)、標高847.0mの山稜山頂部を中心に立地する要害です。東麓の国道141号からの比高は85m位でしょか。但し、山稜は段丘崖に面しており、連続する台地上からの比高は15m位である。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。たぶん案内のままでOK♪だ。龍岡城のリア攻めマップには「下畑城」の他に、「説明板」、「駐車スペース」がスポット登録されている。説明板の立つ場所から僅かに登ればあっと言う間に主郭へと辿り着く。タイパが最高過ぎる物件だ。

築城年代、築城者は不明です。中世〜戦国時代の顔がなかなか見えて来ない非常に難しい地域だ。ちなみに同じ龍岡城のリア攻めマップにある下畑下の城の上段に位置する要害であり、結果的に下の城とは一城別郭の体を為している。

下畑城は在地土豪層が必要とする規模を遥かに逸脱しており、その縄張から天文年間(西暦1533年〜1555年)に武田氏によって新たに普請された要害であるとも推測されている。

「勝山記」、天文九年(西暦1540年)の条には、「此年五月ヨリ武田殿(信虎)信州ヘ取懸被食候、去程ニ弓矢ニ切勝被食候て、一日ニ城ヲ三十六ヲシヲトシ被食候ト聞エ候、去レモサクノカヲリト申候ヲ御手ニ入レ候、小山田殿(昌辰)ノ代ト乂、小林宮内助殿モ一城ヲカマエ申候、去間此方ノヨリコ近付陣立シケク御座候て、皆々迷惑至候、…後略、」とあり、武田勢が一日で佐久の三十六城を落とし、サクノカヲリ(佐久の郡であろうか。)を御手に入れ、小山田昌辰(備中守虎満)の代、小林宮内助が一城を構えたと書いている。

小林宮内助が何処に一城を構えたのかは書かれていないが、後世の人達によって下畑城がその一城だと推測されている。但し、根拠がある訳ではなく、単純に縄張等、規模の大きさから選ばれたに過ぎず、そもそもの話で在地勢力である伴野氏の実力が過小評価されて考察の外にあるように思われる。裏付けが取れない以上、否定も肯定もしないが、佐久郡の立派な城館の全てが武田氏による普請だと当たり前のように語られるのは非常に残念な事だ。

縄張は広めの3郭で構成される連郭式、主郭は北側に向けて段が付き、別に主郭の東面下段には段丘崖に面して大きな腰郭が設けられている。城郭遺構としては、各郭間等を断ち切る二重堀切1条を含む総計で5条の堀切が確認出来る他、削れているとはいえ土塁の残滓、別に虎口を思わせるような箇所も見る事が出来る。後世に耕作されていたようだが要害としての形状はそれが故にむしろ健在であり、各郭のエッジの立った切岸とも相まって全体の減り張りが際立っている。個人的には2回目の訪問となるのだが、今回、改めてその魅力に気付かされた格好に…この要害は実に素晴らしい。

おいらの中で個人的第二次佐久郡ブームが起きているてどっかの口コミで書いたて思うんだけど、その発端となったのが今回紹介した下畑城だ。以前のおいらは急峻な細尾根をずたずたに切りまくったような要害を信濃の山城の典型て考えてたんだけど、次第に件数をこなしていく内にそうとも言えないていう考えを持つに至った。お城には地形を基とした地域特性みたいなもんが必ずある。出来る事はそれぞれで限られており、経済力、普請に関わる人数の多寡、当時の情勢等も大きくこれを左右する。根本的に築城技術云々の話では決してないのだ。簡単に言えば小県郡のお城のベストを佐久郡に求めたてしょうもない。各人が発見した魅力は即ち地域特性だ。

※熊笹藪に覆われている部分が多い。冬場でも消えないので我慢しよう。

※城域南端部を構成する堀切群は山道の造成等によって大きく損壊しており、一見するとそれと判らないが説明板の立つ場所も堀跡と推定されている。ちなみに下の城との中間点には堀切+竪堀が確認出来る。連続するもう一つの堀形は後世の乗越しの道跡だろう。

※築城技術〜よくある事だし言い切ってしまうんだけど…堀切や竪堀の存在をその指標とするなんて馬鹿げた話だ。数kmに及ぶ、田地を灌漑する堰を開削する方がよっぽど困難な作業だろう。往時の人々の土木能力を侮ってさえいる。

2021年01月25日 【うっかり】赤かぶ


下畑城は南北に長い段丘の崖の上に築かれ、北方に向かって尾根を数条の深い堀切によって横に断ち切り、三つの郭を構築しています。
武田氏が佐久地方侵攻の足場とした城とも言われているようです。
行き方は中部横断自動車道佐久穂ICから約4kmの所にあり、Googleマップで下畑城案内板(登城口)で設定すると登城口の目の前に着く事が出来ます!案内板の脇には車1台分くらい停められるスペースがあります。
登城口からすぐに馬出?!と思われる小曲輪、堀切2条(手前は浅い)堀切に架かる土塁が出迎えてくれます♬︎
土橋からは主郭の城塁が見えます!土橋を渡ると道は右に折れていますが主郭に行くには直進し笹ヤブの中を突っ切って行くのが一番楽くです!他だと笹ヤブ&急斜面なのでちと大変だと思います⤵︎
主郭には廃小屋と標柱があります。
この北側にある二の郭・三の郭に行くには先程の土橋を渡ったら右に行きましょう!道なりに進むと主郭東側の腰曲輪に出ます、ここには鉄塔が建っていますので目印になるかと(笑)
鉄塔を過ぎると主郭背後の大堀切が現れます♬︎
幅が広く主郭側は高さと角度があります。
北側に進むと二の郭・堀切を経て三の郭へ!
三の郭も笹ヤブでひどいですが北側の土塁をなんとか確認出来ます!
三の郭背後の大堀切こちらも幅がありました。
更に北へ進むと再び鉄塔があり、その先が下畑下の城に入って行きますが、時間と降雪のため今回は断念しました。薮も凄いらしいですが…。
各郭は笹ヤブに覆われ見ずらいですが、深い堀切はなかなかの見ものですよ☀︎
① 登城口
② 登城口側の堀切に架かる土橋
③ 主郭
④ 主郭東側の腰曲輪
⑤ 主郭北側の大堀切
⑥ 三の郭北側土橋
⑦ 三の郭北側の大堀切

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