雁峰城

雁峰城([龍岡城  周辺城郭])

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雁峰城の口コミ情報

2026年06月15日 内記かずりヾ(・ε・。)


雁峰城(草間城・ガンダレ城・小田切城)は龍岡城の南東約3.9km、片貝川南岸(右岸)、千曲川西岸(左岸)、標高約801mの山稜山頂部を中心に立地する要害です。北麓の片貝川からの比高は60m位でしょか。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。取り付きは同じく位置登録がある、真宗大谷派の寺院、白鳥山「陽雲寺」の墓地裏からがベスト、車も捨てられる。此処からの道は大手筋が推定され、雛壇状の小郭群の間を縫って登る事になる。

築城年代、築城者は不明としたいが、少なくとも室町時代の一時期においては大井氏に関わる要害であったろう。

文明十六年(西暦1484年)二月、村上氏よって岩村田の大井氏宗家は滅亡し、この際に雁峰城が落城したとされるが史料には見られない。神本の記述に、「幕下の小田切駿河守幸長がこの城を守ったようだ。」とあるのも誤りであろう。同名はそもそもの話で時代が合わない。

「妙法寺記」には、「大永七(西暦1527年)丁亥、此年信州友ノ(伴野)殿殿ニ被頼玉フテ、信州へ立玉フ、皮(彼)國一ニ成テ、友(ノ)殿行方ヲ不知、其後信州一國ノ殿々ノ和睦而、トモ(ノ)殿ヨリ武田殿(信虎)へハ所領ヲ被進候ヲ反サレハ、…中略、六月三日ニ信州ト當國トトモノ殿見継候而御立候處ニ、和談云々、」とあり、(大井氏等の圧迫を受ける)伴野殿から頼まれて武田信虎が信州へ出立したが、信州勢が一つとなって伴野殿を逐い、同名が行方知れずとなった。その後、信州の殿々は和睦、伴野殿より信虎に約された所領の進呈は反故になったと書き、六月三日には、信州と甲州、伴野殿との間で会見が行われ和談云々したと書かれている。武田勢はこの年に佐久郡へ出張し、伴野氏を援けて大井氏等と争い後に和談した事等が判る。

「高白斎記」、大永七年の条には、「二月小朔日乙酉二日、小田切落城、」とあり、当時は大井方にあった雁峰城が武田勢によって落城した事が判る。前述した六月三日の和談はこうした情勢等を踏まえてのものであろう。武田氏や伴野氏に有利な形で話が進められた事は想像に難くない。

天正六年(西暦1578年)戌寅二月吉日の「上諏訪造宮帳」には、大宮之一御柱を負担する佐久郡大井庄の諸郷として、「小田切上中下九貫五百文 代官 草間右近」とあり、武田氏時代、小田切郷の代官に草間右近があった事が判る。それ故に別称にもあるとおり草間城とも呼ばれる訳だが、代官が城主であったとは少し考え難いように思う。ちなみに小田切郷はこの頃には上中下に分かれ、造宮の負担額も他郷と比べると抜きん出ており、戦国時代に開発が進んでいた事が窺える。

信濃の要害としては破格の規模だろう。縄張は一山全山に殆ど及び、主郭からの南尾根を除く山麓までの全ての斜面にびっしりと雛壇状に小郭が造成されている。縄張図を見ると山上に近い場所を中心に10郭で構成されているが、特に明確な基準は無いと思われるのでそれ以上だとも簡単に言える。皇大神宮の祠も鎮座する主郭には明瞭なL字形の土塁、主郭からの南北二筋の山尾根には連続堀切を穿ち、特に縄張図における通称2郭の南側山側背後のものは岩盤層を無理矢理掘り切った大堀切となっている。藪に塗れて全縄張を追う事は難しいが、何処へ通じているのかも判らない小郭群の探索はアドベンチャー感があって単純に楽しい。全体的には佐久郡屈指の要害の一つと言っても過言ではないだろう。

個人的にはその発生はともかく、室町時代における大井氏による普請だと考えている。小田切郷は千曲川の左岸地域に取り残された、大井氏の勢力が及ぶ地域であったが、裏を返せば伴野氏の支配領域(伴野庄)に打ち込んだ楔の役目を果たしていた。大井氏にとって平賀の内との認識がある同郷が特に重要視されていた事は至極当前の話であろう。

※アプリの登録城、平賀城と縄張のコンセプトが酷似しているように思う。

2021年01月09日 【うっかり】赤かぶ


別名:草間城・小田切城とも呼ばれている雁峰城は中部横断自動車道佐久臼田ICから車で3分(1.1㌔)くらいの陽雲寺さんの裏手にある山城です。登城口は陽雲寺さん墓地の脇から入って行きます。登城途中に明和6年・安永9年の墓石と石祠があり、帯状の段郭を経て約20分ほどで主郭まで行く事が出来ます!

主郭には皇大神宮の祠があります。主郭北側の木々の間から中部横断自動車道やロケットの形をしたコスモタワーをこの時期ならかろうじて見る事が出来ます。見晴らしはあまりよくありません⤵︎

主郭から南側へ進んで行くとプチ土塁から2の郭へ!2の郭は笹薮に覆われており、更に南へ進むとこの城の最大の見せ場と言うと怒られるかもしれませんが(笑) 幅10m・深さ5~6mほどの岩盤切削堀切があります!一気にテンションが上がりますよ♪お手軽に行ける城郭かと思います!佐久のお城散策の一つとしてお立ち寄りになって見てください☀︎

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