高木城
高木城([山吹城 周辺城郭])
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高木城の口コミ情報
2025年02月23日 内記かずりヾ(・ε・。)
高木城は山吹城の南南東約2.6km、諏訪湖北岸、諏訪湖の北方前衛山塊を構成する一山、標高約904mの山陵山頂から南西へ伸びる尾根上段上、標高約875m地点の平場を中心に立地する要害です。南麓の諏訪湖湖面上からの比高は115m位でしょか。
諏訪湖の北方前衛山塊が最も湖に近付く場所であり、往時の湖の大きさから判断すれば、山麓が湖東地域と湖北地域を結ぶボトルネックを形成していた事に間違いは無い。南麓には東西に旧甲州街道が通っている。中世の道筋は更に上段に付いていたのかもしれない。
行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。車でのアプローチは山稜東方からとなるので、同じく位置登録がある「高木のしだれ桜」を目標に設定するとよい。この桜を越えて登り詰めれば、送電線の鉄塔用保安道が付いているのでこれを徒歩で登る。保安道の手前には車も捨てられるだろう。ちなみにこの桜、元和元年(西暦1615年)、高島藩藩主、諏訪頼水の子、忠恒が、同年に行われた「大坂夏の陣」に出陣、その帰藩の際に持ち帰った苗木を藩士に分けたものが育った桜らしい。諏訪郡下諏訪町の指定文化財にして天然記念物だ。
築城年代は不明、築城者は高木氏が推測されており同氏の詰城とも。高木氏は諏訪社下社の大祝、金刺氏の一族、当然、神氏の一党でもあり、該地の南東麓、同じ山吹城のリア攻めマップにある殿村館に居していたと推測されている。同氏については別の機会に譲る。
送電線の鉄塔用保安道を登り詰めれば主郭に自然と辿り着く。何故なら主郭には鉄塔が建っているから…我儘なめぐら〜達よ、許してあげましょうよ。インフラが無ければ困るのは地域の方だしね。戦後昭和初期の開発行為はそんな事考える余裕も無かったのさ。ちなみに遺構自体の損壊は無いに等しいと思う。
縄張は主郭と副郭で構成されており、縄張図における通称二の曲輪の北側下段には雛壇状の腰郭が付く。此処が「駒隠し」と呼ばれる場所なんだろうか。城郭遺構としては、主郭に土塁(殆ど確認不能だ。)、主郭西側〜南側谷側の斜面に4条の竪堀と1条の竪土塁が残る。但し、はっきり言って確実にそうだと言えるのはこの内の2条の竪堀ぐらい。残りの遺構を確認するのは素人にはとても無理な話、難し過ぎるよ…
詰城でもよいと思われるが、山頂部を外した見通しの良い場所に占地されている事から狼煙台や物見台の類いであろうか。展望はすこぶる良い。ちなみに削平された主郭部は冬場なら山麓からでも確認出来る。小品とはいえ探索は十分楽しめた。
※車を捨てて徒歩で登る比高は70m位、走れば5分で城域に入る好物件だ。ちなみに山麓の何処からでも直登出来ると思うさ。
※狼煙台としての利用は武田氏時代にも続けられていたと思われる。Googleマップの航空写真、地形模型図等で位置を確認してみるとよい。あらゆる意味で重要な場所である。
※湖東地域と湖北地域を結ぶボトルネック〜概ねで湖東には諏訪社上社、湖北には諏訪社下社が拠った。両社は文安六年(西暦1449年)に直接争い、以降、下社は常に劣勢だった。
※「高木のしだれ桜」〜同じ山吹城のリア攻めマップにスポット登録して写真だけ置いておく。
※写真①は東麓から撮影した近景っす。お城は見えていないけど…ちなみにソーラーパネルてあらゆる意味で大問題だと思うさ。物事には表と裏がある…色々と調べてみようよ。少なくともこんな里山の風景は誰も求めていない。
※写真⑧は鉄塔マニアに捧げやす。