大熊荒城(新城)

大熊荒城(新城)([高島城  周辺城郭])

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大熊荒城(新城)の口コミ情報

2025年08月28日 内記かずりヾ(・ε・。)


諏訪社には、本宮、前宮、春宮、秋宮の四社が存在するて何処かの口コミで書いた事があるんだけど、この内の本宮と前宮を以て一社としていたのが諏訪社上社だ。室町時代の後期には、春宮、秋宮を以て一社とする下社と直接争う等、諏訪社全体としての纏まりは外勢も巻き混んで常に不安定な状況にあったんだけど、そんな上社も神職家たる大祝家と武家的性格を併せ持つ惣領家とに別れて争っていた時期がある。

上社大祝、諏訪継満は、文明十五年(西暦1483年)正月八日夜、前宮神殿における酒宴の席で、「諏方惣領刑部大輔政満、同嫡子宮若丸十四才、同政満御舎弟(埴原田)小太郎殿、同御内人十余仁」を殺害して惣領家に叛いたが、非道な行いは領内神党等の反発(「當社大祝殿トハ難申、」)を招き、同年二月十九日夜には諏訪郡を逐われ、伊那郡高遠へと落ち延びた。以降、継満は下社と結び、伊賀良の小笠原政秀(鈴岡小笠原氏)、諏訪(高遠)継宗等の勢力を背景に諏訪郡の回復を画策する事となる。今回、紹介するお城はそんな情勢の中、継満が諏訪郡内、大熊の地に取り立てた荒城(急造の、もしくは古城に比した新しい城の意である。)である。

大熊荒城(新城)は高島城の南方約4.8km、標高1373mの山稜山頂から北方へ伸びる尾根下段上、標高約1005m地点の緩斜面上平場を中心に立地する要害です。北麓の南大熊観音堂からの比高は225m位でしょか。ちなみに山麓からの奥が深い部類に入る山城、諏訪湖の湖南地域のお山に入るのには勇気が必要だ。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい…なんだけど、そのままじゃ行けないので同じく位置登録がある「唐沢霊園」を目標に設定して下さい。車を捨てた後の道程は…山城に慣れた方なら自身が培った経験で何とかするやろ…左手に見える山尾根に無理矢理に取り付き、藪を掻き分けながら無理矢理に進めば山尾根の東側、一段下がった所に付く堀底道にぶつかると思う。後は荒れまくった山道を無理矢理に登れば30分程度で城域に入る。兎に角、堀底道にぶつかるまでは無理矢理にでも何とかしよう。ちなみに急登ではないし高度を上げれば藪は消えていく。

築城年代、築城者がはっきりと判る信濃では稀有な山城だ。即ち、「諏訪御符禮之古書」、文明十八年(西暦1486年)丙午御射山明年御頭定の条には、「…下位殿(諏訪継満)當郡大熊荒城取立候六月十日甲申除如此御座候間…」とあり、諏訪継満によって文明十八年六月頃に取り立てられた事が判る。

城域は細尾根に展開しているが何とも言えない縄張だ。竪堀から始まり、門跡(虎口)、段郭と続いて主郭部へと入る。主郭には明瞭な土塁、その南側山側背後には1条の堀切が穿たれており、この部分を以て初めて城跡だと確信出来るだろう。問題なのは城域の東側下段を南北に貫く横堀と土塁、城郭遺構としては相当に立派なのだが、前述した堀底道の延長部分とも見て取れる。尾根筋に対して平行に伸びている事から障壁としての役割も相当に希薄だ。但し、後世の改変とも単純には言えない面もあり、誰でももやもや感を抱えたまま下山する事になるだろう。ちなみに帰り際に気付いたが、通り過ぎるのを防ぐためなのかびっくりする事に案内板が設置されている。

…登山道の説明が適当になったけど、一つだけ弁解させてね。日本全国、無数に存在する山城は基本的に未整備である事を理解して欲しい。整備された登城路が付いている城跡の方が奇跡なのだ。大体にして何の目印も無いお山への取り付き一点を説明する方が酷てもん。細かく写真入りで解説しても現地に赴けばきっと誰でも判らないだろう。時には無理矢理も必要、それを可能とするのは自身の能力と経験だ。山城には人を選ぶ側面てもんが時々ある。

※写真が上手く撮れなかったんで口コミをアップすんのずっと躊躇っていたんだけど、二度と行かねぇ物件だと思うので…

※初夏の頃の写真なんだけど、冬場でも藪度は大して変わらないと思う。辺りは鬱蒼としていて写真撮影が非常に難しいお城だ。

※該地の標高がえらく高く感じられるかもしれないんだけど、諏訪湖の湖面の標高が既に759m…

※大祝〜「おおほうり」て読ませる。諏訪明神の依り代にして現人神であり、諏訪社の神職の頂点にある。ちなみに大祝が諏訪郡から出る事は禁じられていた。

※下位殿(諏訪継満)〜この時には大祝職を失っており、「下位」は退位した者を表している。元の「大祝殿」はこんな場所に「御座候」していた訳だ。

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