嵐城

嵐城([武居城  周辺城郭])

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嵐城の口コミ情報

2026年01月16日 上総介赤備えヾ(・ε・。)


さて、以前は1日に4城〜7城の山城を踏破する事も珍しくなかったおいらだけど、2年前位から意識してそのペースを落とすようになった。具体的に言えば、1日に2城まで、大型物件、優良物件ともなれば1城で終わる事も度々だ。訪城数を極端に減らした理由は、何と言ってもリア攻めに納得が得られない事に尽きる。駆け足で探索して見落とした部分も多かったりするし、そもそも論で記憶にすら残らなかった物件も多い…

…最近のおいらはそんな過去を省みて再訪にも力を入れるようになった。「あん時はあんまし構ってやれなくてごめんな。今日は君だけのために1日中頑張るよ。」てな感ぢ?…そう、おいらは薄かろうが濃かろうが君の事が大好きなのだ。

嵐城は武居城の東南東約8.5km、標高約1027mの山稜山頂部を中心に立地する砦です。北麓の塩尻市道西条線からの比高は290m位でしょか。

行き方は…少なくとも4つのルートがあると思うんだけど、単独目標には成り難い物件ではあるんで、同じ武居城のリア攻めマップにある飯縄城(素晴らしい。)を経由するルートを選ぼう。

まず、当座の目標として、Googleマップに位置登録されている「圓通山慈光院」を目標に設定しよう。このお寺さんの背後に広がる斜面を登ってお山に取り付く。斜面を登り切ると、JR中央本線(辰野支線)の軌道が現れるんで眼を閉じる事にしよう。常識ある大人なら解るだろう、線路は踏切以外の場所で渡ってはいけないのだ…

…暫くすると強烈な光が瞼の内に差し込んでくるのを感じる筈だ。そっと眼を開けてみよう、宙空に円形の飛行物体が音も立てずに浮かんでいるのが見えるだろう。おいら、この時、腰を抜かすぐらいにびっくりしてしまったんだけど、淡い別の光に全身が包まれたかと思うと、見えない力にふんわりと持ち上げられてそのまま飛行物体に吸い込まれてしまった。たぶん、途中で意識を失ってしまったんだろうな、その後の記憶が完全に飛んでいる…

…ハッと眼を覚ますと、びっくりする事に線路の向こう側に横たわっていた。首筋に違和感を感じたんで触ってみると、皮膚の下に四角い小型のチップが埋め込まれているのを確認した。他に異常が特に無かったんで登城を再開する事にしたんだけど、どうやら地球人選別計画の美少年部門においらは該当しているみたいだ。

残りの行程なんだけど、飯縄城まで頑張って登り(このお城、城域内の移動、特に主郭に登るのが大変だ。)、主郭からの後背尾根筋を死ぬ気で登るだけ。城域を過ぎると急登が始まるけど、此処さえクリアー出来れば楽になる。

登城の留意点は熊さん対策、城地は奥山に位置している。ソロ活動なら時期ともなれば、この辺りのお山に入るのは止めた方がよい。前回訪問時には雪が無かったが登城中に熊さんの痕跡を幾つか発見した。

築城年代、築城者は不明だが、府中小笠原氏の当主、小笠原持長が、鈴岡小笠原氏、松尾小笠原氏、諏訪社上社等に対する南方の備えとして築城に及んだものと考察されている。

府中小笠原氏は、霧訪山、大芝山から連なる北方山塊中に城砦群を築き上げ、その中心となったのは同じ武居城のリア攻めマップにある西条城と伝わっている。当初、同城には小笠原持長の二男、宗則が入り、後には小笠原閑斎が城主となったらしい。両名はこの城砦群の統括者であろう。嵐城には、中島玄蕃、中村左近正の名が城主として伝わっているそうだが、両名は小笠原氏の被官であった事が推測され、城主ではなく城番であったと考えるのが適当だと思う。

縄張は山頂部に幾つかの腰郭を持つ土塁付きの主郭のみで構成され、別に城郭遺構として2条の堀切が穿たれている。この砦は実に潔い普請が為されており、豪華二点主義に完全特化、即ち、主郭南側山側背後の大堀切と主郭の大土塁に労力が全振りされている。「あの〜皆さん、他はどうでもよいけど、この部分だけはしっかりとお願いしますよ。」みたいな感じ…単独目標には到底、成り難いのかもしれないが、来訪者を十分に楽しませてくれる事に間違いは無い。ちなみに城域の手前、主郭からの北尾根の分岐の所には堡塁様の土壇が付いており、嵐城に付随する前哨だと推測されている。

再訪て楽しいっすよね。ある程度は勝手知ったるお城だし、登る前から現況は理解しているんで探索にも余裕が出来る。山城は山中に埋没したタイムカプセル、一度の訪問で全てを知ろうとするなんて烏滸がましい事だとも思ってる。楽しみは尽きないぜ。

※小笠原閑斎〜おいらは「長野県町村誌」に掲載されているこの方のお墓を探している。下西條耕地にあったと書かれているんで、同名は筑摩郡塩尻郷西条を知行地としていたのかもしれん。

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