のろし山(望山)
のろし山(望山)([麻績城 周辺城郭])
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のろし山(望山)の口コミ情報
2025年03月24日 内記かずりヾ(・ε・。)
のろし山(望山)は麻績城の北東約0.7km、宮川西岸(右岸)、標高1022.2mののろし山山頂に立地する狼煙台です。東麓の国道403号からの比高は300m位でしょか。該当山稜は名称そのままのお山だった訳だ。
行き方はアプリの登録城、麻績城の口コミ等を参照して下さい。同城の説明板は麻績の城山とのろし山との間に付く山尾根の鞍部に設置されており、左手を選択すれば麻績城、右手を選択してひたすらに登ればのろし山に辿り着く。もう既に息も絶え絶えになっているとは思うけど、藪の少ない尾根登山(殆ど急登だ。)なんで頑張ろう。ちなみに説明板からの比高は130m位になる筈だ。
が、おいらは前述のルートを選んでいない。比高を格段に稼げるのろし山の北麓から取り付いている。別物件を2箇所程片付けるためでもあったんだけど、この場合はGoogleマップに位置登録がある「佳好砥の滝」を目標に設定しよう。滝の手前には駐車場も付いている。車を捨てたら眼前に迫る山尾根の適当な場所から適当直登する。たぶん2筋が候補に挙がると思うけど、独立峰故にどちらを選んでも山頂には辿り着く。
今回はJR聖高原駅から取り付き場所までタクシーを使っている。単独目標には成り難い物件なので、のろし山〜麻績城〜麻績古城の順に縦走登城を目論んだ訳だ。ちなみに運賃は1600円…財布から1万円札を取り出し、「お釣りは要らないよ。」と手渡すも、「困りますんでお返しします。」と言ってどうしても受け取ってもらえない。お陰様ですっかり財布が重くなっちまったぜ…普段から1万円札以外は持ち歩かないので想定外の重量的負担が発生してしまった。行動不能にでも陥ったらどうしよう…繊細なおいらは不安で過換気症候群になりそうだったぜ。
築城年代、築城者は不明、てか誰でもええやろ…特にお山は普請が成された訳でもない狼煙を上げる単なる場所なのだ。利用したのも麻績(服部)氏、青柳(麻績)氏、村上氏、武田氏、上杉氏、小笠原氏等が候補に挙がると思う。
現在でもそうだが、該地の麻績は筑摩郡から水内郡へ抜ける交通の要衝である。律令制下における東山道は、筑摩郡の覚志(かがし)駅から国府を経て錦織(にしごり)駅に至り、本道と別れた支道は、更級郡の麻績駅を通った後に古峠を越えて犀川を渡る亘理駅に至る。道筋は時代によって変遷があるらしいが、中世においても同様の経路が主要道であり、近世における善光寺西街道も概ねでこれを踏襲している。
天正十一年(西暦1583年)六月十六日、江戸衛門七宛、小笠原貞慶覚書案の中には、「一 河中嶋両郡堺目数ヶ所、景勝押領候、なにとそ令行、取返し可申事」とあり、小笠原貞慶は、石川数正の臣、江戸衛門七に、上杉景勝が押領する川中島両郡境目の数箇所を取り返すと約している。同年四月廿七日には上杉勢によって麻績城が攻め落とされている事から、貞慶が言う、「河中嶋両郡堺目数ヶ所」の内に麻績が含まれていた事は確実であろう。同地は「天正壬午の乱」の際に両勢が激しく争った正に境目である。
狼煙台の現況は…完全なる地山、以上…探索は殆ど通り過ぎただけだ。ちなみに樹木が多いけど展望だけは抜群に良い。
リア攻めを終え山尾根を下って麻績城を目指していると、前述の麻績城とのろし山を隔てる鞍部の手前に狭小だが段付きの平場を持つ崖地上の小ピークが現れた。此処には小さな石祠が鎮座、推測するに麻績城の物見の場であろうか。同城の死角を補完している様にも見える。
謂わゆるびっくり物件なんだけど、山頂に立って周囲を眺望すると、遥か東方に鎮座する標高1252.2mの冠着山(俗称は姨捨山だ。)を遮るもの無く見通す事が出来た。同山山頂部には荒砥城のリア攻めマップにある冠着山砦が立地する。おいらはこの砦の存在に長らく疑問を抱いていたんだけど、狼煙台としては有効だったんじゃないかなと改めて再確認した。のろし山で狼煙を上げれば視力6.0位あれば余裕で視認可能だろう。
※のろし山の北麓から取り付いている〜この際に徒歩で登る比高は145m位だ。ちなみに南麓の麻績宿からの比高は385m位となる。
※中世においても同様の経路が主要道〜現在の国道403号の一部区間(安曇野市明科から東筑摩郡筑北村西条へ抜ける部分である。)は、近代に至るまで街道の存在が確認されていない。特に最近の第四次川中島の戦い、通称、「八幡原の戦い」における考察(武田勢による茶臼山張陣の有無について。)において、多くの誤りを生み出す根本ともなっている。
※写真の順番は麻績城側からとなり時系列的には逆である。
※写真③は上段から撮影した麻績城のぽこりんした近景っす。ちなみにこのお城、前述の鞍部から登ると全周険し過ぎて結構危ないよ。