花岡城

花岡城([小岩嶽城  周辺城郭])

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花岡城の口コミ情報

2026年05月21日 内記御手杵ヾ(・ε・。)


花岡城は小岩嶽城の北北東約10.7km、高瀬川東岸(左岸)、犀川と高瀬川の合流点から北方へ連なる山脈中の一山、標高791mの山稜山頂を中心に立地する要害です。西麓の舗装道路からの比高は130m位でしょか。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい…なんだけど、そのままじゃ行けないので同じく位置登録がある「シュタンベルク」を目標に設定しよう。この店舗?の裏手辺りからお山に取り付き、無理矢理に尾根上までを登る。運が良ければある程度の道形(鉄塔用保安道)にぶつかり立派な切通しを通る事も出来るだろう。但し、藪な上にお山は崩落等で荒れている。道形を探し出せない事も考慮しておこう。急登以上だが最初からフル直を覚悟していた方が気持ち的には楽かもしれない。尾根上に出たらしっかりとした道が付いているので残りの道程は楽になる筈だ。

補足するんだけど、前述した尾根上の道は南麓の山間鞍部から付いている。距離はあるんだけどこちらを最初から素直に登った方が遥かに確実かもしれない。少なくとも我慢しさえすれば城地には自然と辿り着く。

築城年代は不明、築城者には堀内氏が推測出来る。同氏は仁科氏の分流だが詳細については同じ小岩嶽城のリア攻めマップにある堀之内館を参照して下さい。但し、室町時代の中期、該地の矢原庄内池田郷堀内が仁科氏の一族、堀内七郎の知行地であった事に間違いは無いのだが、堀内氏の在地土豪としての存続期間は僅かな期間でしかなかったように思われる。むしろ池田郷を知行したと伝わる仁科氏の分流、池田氏による築城等と考えた方が自然かもしれない。

縄張は4郭で構成され城域は意外にも広い。全体的にはファジーな印象、特に主郭は削平が殆ど見られず、緩やかな摺鉢状の傾斜地となっている。城郭遺構としては、各郭間や主尾根から派生する各尾根筋を断ち切る堀切と一部に付く土塁、堀切は埋まり気味だが堀形だけは良く残っている。見所としては主郭の南側前面に付く帯郭状の三段の段郭、城域内は起伏に乏しいがこれが無ければさぞかしめりはりに欠けた事だろう。ちなみに道を外れれば結構な藪城となるので訪問は冬場の時期が望ましい。

城地の北北西約1.0kmの山際に鎮座する仁科神明宮は天照大神を祀る古社、仁科氏が仁科御厨の鎮守として伊勢神宮内宮を勧進した事に始まる。鎌倉時代には既に創建年が不明であったが、信濃国では最古の神明社と推測され、中世から戦国時代にかけて、仁科氏の尊崇と庇護の下、その社地と社領は常に維持され続けてきた。

仁科神明宮は創祀以来、二十年に一度の式年遷宮を殆ど絶える事無く継続し、祭祀、神事等の古式の法を今に伝えている。又、中門と本殿は国宝に指定されており、多くの各指定文化財を内包、社地全体がそのまま日本の宝だと言ってよい。

花岡城を訪ねる事があるならば仁科神明宮に立ち寄る事を推奨する。当日の訪問のメインがきっと神明宮に変わる事だろう。結構、罰当たりなおいらでも、思わず襟を正して恭しい気持ちになったりする神聖で厳かな空気に満ち溢れている。神はすがるものではなく祈るもの…伊勢大神宮になかなか足を運べない関東、北陸の方は是非…

※写真撮影が凄まじく難しいお城だ。誰でも悩む筈…

※急登以上だが最初からフル直〜登っているのは急傾斜地崩壊危険区域だ。ちなみにおいらは前回と同じルートを辿れていない。

※仁科神明宮〜同じ小岩嶽城のリア攻めマップに位置登録されている。門外漢故に口コミは勉強し直してから挑戦したい。

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