池ノ戸城

池ノ戸城([小岩嶽城  周辺城郭])

小岩嶽城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「池ノ戸城」の地図・口コミがご覧頂けます。

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池ノ戸城の口コミ情報

2026年05月27日 内記御手杵ヾ(・ε・。)


池ノ戸城は小岩嶽城の東北東約7.7km、犀川西岸(左岸)、高瀬川東岸(左岸)、両川の合流点から北方へ連なる山脈中の前衛山塊、標高約629mの小ピークを中心に立地する狼煙台や物見台の類いです。東麓の長野県道85号、穂高明科線からの比高は105m位でしょか。

行き方は…リア攻めマップを参照してとりま城地の南側を東西に通る林道を車で登ろう。「展望台→」の案内板が現れたら車を適当な場所に捨てて残りの道程を徒歩で進む。既に比高は殆ど稼いでいるし距離も大した事はないので安心してつかぁさい。ちなみに展望台のある場所も城域内と伝わるが此処からの景色は何も見えないに等しく、特にその為の何かが用意さりている訳でもない。

築城年代、築城者は不明です。池ノ戸城は同じ小岩嶽城のリア攻めマップにある荻原城の出砦と推測されている。従ってこれ等については同城の口コミを参照して下さい。

「信濃の山城と館7、安曇・木曽編」に未掲載の物件であり、紹介例は「明科町誌」と「明科町の遺跡」のみとなっている。謂わゆる隙間物件でもあるのだが、先人によってネットでの紹介例があり、やる気は無かったが位置も特定されている事もあって重い腰を上げて訪ねてみた。ちなみに今でも地元の後期高齢者の方達は池ノ戸城の存在を当たり前のように知っている。

「池ノ戸」の字名は後背地に池を控えているからであろう。今でもそれなりの大きさの池が豊富に水を湛えている。地元の方達のお話しによると、子供の頃には池の周りで水田が営まれ住戸も建っていたらしい。場所からして江戸時代における隠田の延長なのかもしれないが、同時代の百姓等は我々が想像するよりも遥かに逞しく、時には検地等に抗い役人を妨害する事も決して珍しくはなかった。

縄張は自然地形の鞍部を挟んで南北に2郭で構成されていたようで、南郭は地山そのものだが、北郭には城郭遺構と判断出来る人工の跡、堀切様地形が2条と土塁様地形が確認出来る。全体的には後世の改変が確実な事もあってファジーな印象だが、物見の場を彷彿とさせる土の高まりが見られたりする等、何らかの跡を想像させるのには十分であり個人的には意外にも楽しめた。

写真を見て頂けたら判ると思うんだけど、城地は採伐が行われて丸裸であり、併せて現在進行形で林道の造成が行われているようだ。既に重機で削られたような跡もあり、池ノ戸城の今後が不安でしかない…誰も来ない展望台の整備は諦めて城跡の保存の方を頑張ってくり。安曇野市さん…また同じような事を繰り返すんすか?ガチに頼んますよ…ぽこりんを削らないでね。

※「明科町誌」と「明科町の遺跡」〜東筑摩郡明科町は、平成十七年(西暦2005年)十月一日、隣接町村等と共に安曇野市を新設合併し発展解消された。

※写真⑦は北郭から見る南郭を撮影した物っす。

※写真⑧は城地に隣接する池を撮影した物っす。水の手は不足がない。

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