大屋城

大屋城([妻籠城  周辺城郭])

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大屋城の口コミ情報

2023年11月29日 内記かずりヾ(・ε・。)


大屋城は妻籠城の北北東約13.1km、木曽川東岸(左岸)、標高約647mの兼平山山頂部に立地する要害です。西麓の国道19号線からの比高は110m位でしょか。兼平山は中山と呼ばれる独立小山稜群を構成する一つでもあり、鞍部を挟んだ標高約662mの愛宕山山頂部も城域に含んでいる。兼平山東麓には同じ妻籠城のリア攻めマップにある木曽氏大やしろ館が立地する。

行き方はGoogleマップに位置登録されている東麓の「八幡神社」を目標に設定して下さい。車は手前の大桑村役場に捨てるのがよいでしょう。神社の境内から南方へ抜ける林道が伸びているのでこれを進み、兼平山と愛宕山を隔てる鞍部に入る。道は辛うじて判る程度、昭和の半ば頃までは山越えで集落間を結ぶ間道として重宝されたらしく鞍部の一部は見事な切通しを形成している。切通しに着いたらどちらからでもどうぞ。但し、兼平山山頂へは藪中を直登する事になる。

築城年代は不明、築城者は木曽氏になるんだろうか。位置関係から木曽氏大やしろ館に付随する要害である事は間違い無いんだが…

「大桑村誌」にも記述があるが、「長野県中世城館跡 分布調査報告書」の転載である。近在の方は兼平山を城跡とする認識があり、過去には山頂部を掘った人もいるらしいのだが、かつて耕作されたて事を意味するんだろうか。又、山名の兼平山は義仲四天王の一人、今井四郎兼平を由来とするらしく、それ故に兼平が羅城跡とする伝承がある(「長野県町村誌」)。但し、周辺を流れる今井沢からこじ付けられたものと推測され信ずるには値しない。

お城の現況は…一面の熊笹藪、地形を辛うじて判別出来る程度、単郭に数段の腰郭を持つ縄張だがファジー過ぎてよく判らん…腰郭の位置から判断すると東向き、北向きの要害だが居館地に相対してしまい疑問も抱く。山稜東側斜面の腰郭は後世の改変だろうか。又、登ってから気付いたけど兼平山山頂への道筋は西麓からも付いており、はっきりとした堀底道が今も残っている。下りて行くと山際に地図には記載の無い祭神不明の神社が鎮座していた。過去には山頂部にも何かしらの小社が鎮座していたと思うのだが聞き込みしてもその答えを得られなかった。

鞍部に戻って副郭?とされる愛宕山山頂を目指す。山頂部には山名のとおり愛宕社が鎮座していたそうなので道は埋もれつつもちゃんと付いている。こちらの方は殆ど地山、てか地山だよ。愛宕社の痕跡すら消え去っている。見るべきものは特に無い。

両山の鞍部を抜ける道筋は相当に古い時代から設けられたものなんだろう。大屋城の立地は正にこの関門である。木曽谷の古い道筋は概ねでこうした鞍部(キレット)を選んで通るのが一般的、山越えの高低差を少しでも回避し、且つ、集落間を最短距離で結ぶ。

実は薄い山城だが2度訪ねている。初回訪問時の登山系アプリのログを確認したら愛宕山山頂に辿り着けていない事が判明したからだ。翌日、別の予定があるにも関わらず朝一に駆け足で再訪問、勝手を知っているので山際から山頂までを本当に走って登る。写真撮影も含めて入山からの滞在時間を約15分に短縮、帰りも走って下山、途中派手に転ぶがおいらは止まらない。次の予定が待っているからだ。痛がってる暇なんかないんだぜ〜

※説明が要るのか知らんけど、写真①〜③が兼平山山頂部、写真⑤〜⑦が愛宕山山頂部っす。

※写真④は堀切ではなく切通しっす。

※ 写真⑤の付近に愛宕社の跡が残っている筈だが…

※写真⑧はJR大桑駅下りホームから撮影した遠景(兼平山)、お願いすれば入れてくれる。往時は木曽川に張り出す要害地だったろう。

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