的場城
的場城([高遠城 周辺城郭])
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的場城の口コミ情報
2025年02月06日 ほりーないと
高遠城へ行った時に高遠町歴史博物館にも寄る人が多いと思います。敷地内には、徳川6代将軍家宣の側室に仕えた大奥女中頭の「絵島」が、絵島生島事件で高遠に流刑とされ、61歳で生涯を閉じるまでの27年余を過ごした「絵島囲み屋敷」も復元されています。
的場城の登城口となる蓮華寺は絵島の菩提寺です。絵島のお墓の裏手にある獣避けフェンスの向こう側に水路(六道井)があります。その水路沿いを香福寺の方向(右)に進むと小さな橋があります。水路を渡り、そのまま登ると的場城の竪堀・横堀・土塁が待っています♪ 明確な登城路はありません。初めて的場城へ行ったのは城めぐを始めたばかりの頃、城友様たちの背中を追いかけ、なんとか登ることができました。
高遠城周辺には熊出没注意の看板はありませんが「ツキノワグマ出没注意報」が発令された2024年より前から熊目撃情報が多い所です。的場城にもう一度行きたいと思いつつ、ソロでは行けませんでした。今回ご一緒した城友様お2人に感謝です♬
登城するために渡った水路が「六道井」だと帰宅後に知りました。縄張り図をよく見てなかったです。江戸時代に高遠藩は六道原新田開発のために「六道の堤」を建設しました。六道原までの約10kmの水路が「六道井」です。写真を撮れば良かった…。「六道の堤」の近くには蟻塚城・守屋山城などがあります。
2024年03月09日 【】修理大夫こーへー
【歴史】
★初期は高遠氏の築城とされ、天正14年以後は武田氏による改修されるとされるが不明な点が多い城郭。
【遺構】
★竪堀、横堀、虎口、切岸他
【写真】
①この辺りから登城
②石積らしき遺構
③三角点
④Ⅳ郭坂折れ虎口・横堀
⑤Ⅳ郭竪堀
⑥Ⅱ郭横堀
⑦Ⅱ郭土塁
⑧Ⅱ郭虎口
【感想】
★戦国信濃の城郭、長野の山城ベスト50で紹介されている山城。武田氏改修とされる横堀と横堀から放射状に竪堀が巡らせている縄張りは必見です!
途中でカモシカに遭遇しましたが野性動物対策も必要かと思います。
2020年12月31日 内記かずりヾ(・ε・。)
的場城は高遠城から藤沢川を挟んだ北方約1.1km、南方へ延びる山塊尾根上、標高約910mのピークの一つに主郭が存します。南麓にある蓮華寺からの比高は140m位でしょか。
行き方はGoogleマップに位置登録されている南麓の蓮華寺を目標に設定して下さい。このお寺の裏手から直登します。用水路が行手を阻みますが、橋を見付けられなかったらジャンプしましょう!飛べるか飛べないかのぎりぎりです。
これほどの縄張を持ちながら築城年代、築城者は不明です。しかし高遠城を中心とする支城ネットワークの一つとして武田氏によって整備改修された事は誰でも容易に想像が出来るでしょう。武田氏の手による優れた城郭の一つとして記憶されるべきだと個人的に思います。
お城は本当に素晴らしいです。城域内、特に竪堀と横堀がよく目立ち遺構の残存率も総じて高いです。感動したのは全周土塁囲みの通称3郭と通称2郭の繋ぎ方でしょか、通称3郭の土塁は通称2郭から延びる横堀を伴う小郭と同一の高さで、一旦切られた後に二つに別れて通称3郭を土塁として囲みます。又、主郭周りには三日月堀が掘られており、このお城が武田氏によって改修された事を物語る根拠の一つであると考える事が出来ます。
未見の方、特に現況の高遠城に実はあまり魅力を感じないという方はこちらん是非訪ねてみて下さいまし。お城の立ち位置的に少し違うけど古宮城に感動した武田マニアならきっと好きになるでしょう。
2020年07月04日 OROKA参議
【竪堀や遺構が豊富、コンパクトな支城】
的場城は高遠城のすぐ北に位置する城です。おそらく高遠城の支城で、街道を挟んで守るような配置だったのではと思われます。
アクセスですが、高遠中前の交差点から西へ300mほど行った北にある香福寺の左手奥に登城口があります。途中で道が消えますが、右手山頂を目指して登りましょう。寺からは25分くらいの登りです。
遺構は、三の郭と思われる広い郭の土塁や虎口、途中に見られる竪堀が見てて楽しいです。
また、主郭(広さ的には櫓台か)のぐるり土塁と背後の堀切にある単騎駆けのような土橋が見事で、土橋から見た主郭の眺めは芸術的にすら感じます♪
高遠城に来られたら、的場城にも行かないと損ですよ~(*´艸`*)
2020年06月16日 大隅守上
高遠城の向かいにあるお城