小境城(城山)

小境城(城山)([飯山城  周辺城郭])

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小境城(城山)の口コミ情報

2023年12月14日 内記かずりヾ(・ε・。)


〜小境城(城山)攻城編〜

お城は飯山平の西方山塊に立地し、南方から見れば飯山城の後背地に当たる。水内郡飯山の地は甲越が争った時期には上杉方の最重要拠点であるが裏を返せば信濃における影響力の限界でもある。五度に及ぶ「川中島の戦い」の戦略的勝者が武田勢であった事は疑いが無い。

築城年代は不明、築城者、城主として尾崎重広の二男、西堀刑部少輔重次が伝わるが確証を得られない。

飯山には鎌倉幕府御家人、清和源氏満快流、泉氏の嫡流を称する尾崎氏があり、同地と周辺地域に尾崎八家(血縁関係はなく地縁的繋がりとも。)と称する分家を輩出し勢力を保ったが、室町時代後期には高梨氏(惣領制からの脱却を図った北信最有力の国人領主だ。)、次いで戦国時代には上杉氏に従っている。北信の国人領主や在地土豪は元来が越後守護家や越後守護代家との関係が深く、尾崎氏も永正年間(西暦1504年〜1521年)には度々その差配を受けている。信濃国は上杉房定の代には越後守護が兼務する半国守護の状態にあり、尾崎氏が越後国頚城郡鴨居村に飛地の所領を得ていた事からもそれは理解出来るだろう。

尾崎八家は飯山城の城番衆を務め、別に上杉氏からは外様衆とも呼ばれる。それ故に小境城には飯山城の支城として上杉氏の手による改修説が唱えられるが否定したい。永禄六年(西暦1563年)卯月(四月)廿日、上倉下総守、奈良澤民部少輔、上境彦六、泉彌七郎、尾崎三郎左衛門、中曾根筑前守、今清水源花丸宛、上杉輝虎書状案には、「為其口備、安田惣八郎人数ニ岩井備中守相添差越候、如聞入候者、何も在所有之故、今度も無四度計仕合出来、無是非候、所詮向後者皆々有在陣、堅固之仕置専一候、陳所事者、於其元請合候而、可然様見量簡要候、猶子細備中守可有口説候、謹言、」とあり、重ねて文末には、「追而、近日可取出候間、各有談合、如何共其内堅固之具尤簡要候、以上、」とある…

…飯山城の武田勢による一次的失陥を叱責するものだが、その原因を城番衆が「在所」にあった事にあるとし、今後は各衆の在番をもって飯山城を堅固にする事を第一に求め、仔細にあっては岩井備中守(信能)が口頭で説明すると言っている。更には各衆が相談し、飯山城を堅固に備える事が最も肝要であると重ねて言っている。上杉氏にとって在地土豪の一要害等を気にする必要が全く無い事は明白であり、地域の拠点城である飯山城の確保のみが飯山平一帯の安定に繋がる事を輝虎は承知している。位置関係のみで支城群の一つと単純に断ずるのは誤りである。飯山城を補完する支城としての役割を全く果たしていない。

お城の現況は廃城からそのまま時を経たもの。遺構はほぼ完存している。主郭からの西側斜面は比較的なだらかであり、もし改変があるとすれば長大な竪堀(途中に集合を含み総延長は200m強に及ぶ。)の内であるこの部分であろうか、後世の耕作の跡である可能性が残る。主郭部は2郭で構成される。縄張図における通称2郭には虎口様の窪みが2箇所に付くが藪、通称1郭(主郭)には土壇と土塁が付くが激藪、主郭北側山側背後は四重堀切、小郭を挟んで城域北端となる堀切が残るが藪、一部が激藪、堀切から落とされる竪堀も激藪、一部が藪となっている。此処に至れば降雪の時期を選んで訪ねる必要がきっと理解出来る筈…夏場は多くのものを諦めざるを得ない。苦労した挙句に損もするのだ。

通称3、4、5郭は山稜下段に設けられた郭群であり殆ど一城別郭、城域内に特に道筋は付いていないので急峻な斜面を直下山するしかない。郭群は「御屋敷」とも呼ばれるので、城主、もしくは城番の屋敷地であろうか、通称3郭は縄張中最大の削平地でもある。屋敷地とはいえ、郭群には堀切、虎口、土塁等が付き、櫓台様の高まり(通称5郭)も確認出来る。但し、通称4、5郭は檄藪だ。又、縄張は全体で在地土豪の要害を超える事は一切無い(主郭部に籠もれるのは数十人が限界だ。)。

未整備の山城のリア攻めには常に苦労が付き纏う。はっきり言って優しくないのだ。おいらだってそれを望まないけど、史跡だろうが何だろうが地権者等の問題もあるし、整備して欲しい等と軽々しくお願いしようとは決して思わない。所詮個人的道楽じゃないか、観光資源は別として極めて少数の人間のために自治体等の予算を使わせるなんて烏滸がましい事だと考える(おいらは地元の方とよくお話しするけど、地域に住まう人達にとっては山城なんてどうでもよい事だ。)。本当に困っている人は別にいるんじゃないのか。当人が苦労すればよいだけの事、その先に見る景色にこそ山城好きの本望がある。己れの根性、体力と技術を維持する事だけが解決する唯一の手段だ。

※リア攻めの困難さを書き綴っているが、少なくとも城域縁には労せずして辿り着く。

2023年12月12日 内記かずりヾ(・ε・。)


〜小境城(城山)登城編〜

最近のおいらの口コミは山城とは無関係なものばかり…城館の紹介てよりは個人的な訪城、訪問記録の趣きの方が強い。それでもやっぱり皆様に足を運んで頂きたい山城も当然ある訳で…但し、最初に断りを入れておくけど、このお城はどの季節においても訪ねる人を選ぶ山城でもある。甘い事は決して言わない。それなりの覚悟を持って臨む事が必要、コンパクトな縄張とはいえ、全縄張を確認するのに要した時間は4時間30分弱となった(写真を272枚撮りながらだが…)。理由にあっては後述する。

実は2回目の訪問、再訪した理由は縄張を廻り切れていない事と、カメラの基本的なミスにより写真が全滅してしまった事にある。再訪したい気持ちは去年から持ち続けていて、今冬、初めて北信入りして最初に訪ねたのがこのお城て訳だ。

小境城(城山)は飯山城の北方約6.5km、飯山市最強のビュースポット、標高879.4mの鷹落山山頂から南東へ伸びる尾根中段、標高約588m地点の平場を中心に立地する要害です。東麓の長野県道409号、曽根藤ノ木線からの比高は260m位でしょか。山名の由来は鷹が落ちながら飛び立つ程の急勾配である事から名付けられたんだそう。山頂部には飯山デジタルテレビ中継局、鷹落山展望台の他、信濃平テイクオフと呼ばれるハンググライダー、パラグライダーの離陸場がある。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。東南麓の曹洞宗の寺院、「弥勒寺」でも構わない。何れにせよこのお寺さんに車を捨てる事になる。境内の西側にはお山に入る林道が伸びているのでこれをひたすらに進む。

「権現清水」と呼ばれる水の手を過ぎて幾つかの耕作放棄地の脇を抜けると沢筋に並走する竪堀様地形に気付くだろう。が、これ、実はガチの竪堀、主郭背後の堀切から端を発する極めて長大なもの。この堀底を辿れば自然と主郭部に至るが途中からは結構な藪となる。無理だと思った箇所から縄張図にある通称2郭を目標に北側に見える尾根稜線上を目指す。尾根筋は急登で所々で四足歩行を余儀なくされるかもしれない。

城域の探索は縄張図をよく確認しよう。軽い気持ちでお城に登ると多くのものを見落とす。おいらも初回訪問時に通称3、4、5郭を見落とす大失態、又、登山系アプリを仕込む事も忘れずに…前述の竪堀は比較的傾斜の緩い斜面に設けられている上に長大、周囲の状況からも現在地の把握が困難となっている。

このお城は主郭部に入ってからが本当に苦労させられる。豪雪地帯故か遺構の残存率が極めて良好、縄張が今も生きているのだ。堀の深さ、切岸の角度、ほぼ往時のままなんじゃないかとさえ思える。主郭西側山側背後は四重堀切を含む計5条の堀切が穿たれているが、堀切から落とされる多重の集合竪堀と急峻な斜面によって脇に逃げる事すら簡単には許してはくれない。更には一城別郭とも言える郭群も控えており、此処に辿り着くのにも難儀させられる。山城で遺構を見ると疲れが吹き飛ぶ人を何人も知っているが、きっとこのお城では当てはまらないだろう。

北信の山城は極めて賞味期限が短いものばかり。近年、根本的にお山に人が入る事が少なく激藪が多い(鑑賞に耐えない。)。熊笹藪、蔦藪に加えて低雑木の密集なんてのもある。特に低雑木は冬でも元気だし突破するのにも難しい代物だったりする(痛いのよ…跳ね返った枝が口の中に入った時は笑ったけど…)。物理的に進めなくなる事も度々だ。

平野部での積雪が殆ど見られなかったので今回はパウダースノー的なものを期待してたんだけど、流石にお山の中の事は予想外、林道で5〜15cm位、吹き溜まりで25cm位だった。又、日中は気温がまだ高く、樹木からの融雪が常に降り注ぐ状況には辟易した。気付けばおいらのニット帽から襟首はびちょ濡れに…落雪は何度も経験してきたが想定外の事態となった。日常環境下とは異なる場所での万全とは常に図れないものだ。

※冬場はリア攻めてよりはバックカントリーでスノーボードする勢いで臨んだ方が気持ちは楽だ。

※実は登城路入口となる弥勒寺に大切な忘れ物をしてしまい1週間の内に2度の訪問…積雪の少ない2回目のリア攻め写真はインスタにアップしてある。

※2回目のリア攻め時には明瞭な熊さんの足跡が散見された他、犬様の鳴き声に加え四足歩行の大きな足音を耳にした。たまらずおもちゃの火薬銃を弾倉が空になるまで撃ちまくる…該地周辺では初秋に獣害死亡事故が発生している。あらゆる情報はマイナスにはならないので必ず確認し今後も準備を怠らないようにしたい。ちなみに個体にもよるんだろうけど次の寒波まで寝ないと思う。

続く…

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