山家氏館(折野氏館・内城)

山家氏館(折野氏館・内城)([山家城  周辺城郭])

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山家氏館(折野氏館・内城)の口コミ情報

2023年11月03日 内記かずりヾ(・ε・。)


さて、同一地域内の物件を集中して口コミするのは手間が省けて凄く楽なんだけど、こうも続けると流石に飽きるわ…これからは気分次第で別地域の物件も混ぜ込んでいく事にする。

山家氏館(折野氏館・内城)は山家城の西方約0.8km、薄川(すすきがわ)北岸(右岸)、標高約807mの河岸段丘台地緩斜面上平場に立地した居館です。該地は山家城の西麓であり、周辺には「上手町」、「三反田」「竹の下」の字地名が残る。「竹」は「館」が転じたものかもしれない。又、少し離れた場所には「厩所」の字地名が残っていたりもする。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。「徳運寺」でもOK♪っす。

徳運寺は徳雲寺が改称したもの。元弘元年(西暦1331年)に山家郷の地頭職、山家為頼によって開基(開山は諏訪郡、慈雲寺の住僧、幸村梅安、当時高名だったんだそう。)されたが衰退、永正年間(西暦1504年〜1521年)には折野氏が中興したが、天正十年(西暦1582年)に同氏が滅ぶと廃絶した。文禄年間(西暦1592〜1596年)に寺地は山家氏館の旧地に移り再興、現在に至る。山号は福田山、水堀なんかもあったりする雰囲気の良い曹洞宗の寺院だ。

築かれた年代は不明、お住まいに成られていた方は折野氏と推測されている。同氏は明応年間(西暦1492年〜1501年)に薩摩守昌治が播磨姫路から来住し府中小笠原氏の被官となったんだそう。当地への入部は諏訪氏系山家氏の滅亡後であり、折野氏も後には山家氏を称した。よって山家氏には2系統が存在する。

山家(折野)氏は武田氏の勢力が府中に及ぶとこれに出仕、天文二十年(西暦1552年)、アプリの登録城である平瀬城攻めに際しては山家左馬冘が小笠原氏被官、平瀬八郎左衛門を捕らえる等功を挙げ、武田晴信から感状を得ている。又、別の活動についても文書で確認できる。

元亀三年(西暦1572年)十二月廿七日、武田勝頼は遠江二俣城に在城する「三浦右馬助、小山田六左衛門、小原宮内丞、其外在番衆」に宛てて以下の条目を定める朱印状を発給している。即ち、「条目 一 其城用心普請等、不捨晝夜煎之事 付、忍之用心専可被申付之事 一 向諏方原出伏兵、稼不可有由断候事 一 其地為番替山家并駿州衆一両人指越候、為着城者、小山田六左衛門尉片時も早速帰参之事」とあり、二俣城の用心普請を昼夜分かたず世話を焼き、忍びの用心も一途に申し付けるよう指図、諏訪原に向けて伏勢を出して油断せぬよう促し、更には番替えに山家(藤九郎昌矩か。)と駿河衆の一人を送るので両人が到着したら小山田六左衛門尉は速やかに帰参するよう申し付けている。「山家」はこの時期、二俣城の城番衆の一人であった訳だ。それにしても簡潔ながら当時の緊張感が伝わる情報量の多い書状、二俣城に武田氏の手が加わっている事、諏訪原がこの時期、依然徳川氏の勢力下にあった事も窺える。勝頼ありがとう。

天正五年(西暦1577年)七月九日、近松齋(山家昌實)宛武田勝頼宛行状案によると、嫡子の藤九郎(昌矩)が「長篠の戦い」において討死している事が判り、近松齋には隠居分として中河原郷の二百貫文九百文が宛行われている。又、同日付の山家左馬允宛武田勝頼安堵状案によると、山家左馬冘は養父(近松齋)の訴えに任せて桐原郷の千貫文を安堵された他、今後は直参として奉公、武具等厳重に備えるよう申し付けられている。勝頼はこの時期、「長篠の戦い」における遺児等に宛行状、安堵状等を連発しているが、被官衆の再編成を図る事は領国経営の安定化にも連なる喫緊の課題であり、これ等はその下地となるものである。

居館の現況は立派なお寺さん、寺院とその敷地等となっている。但し、あくまで印象に過ぎないが寺院の敷地がそのまま居館跡の敷地を踏襲しているとも思えない。遺構は消滅しているが、堀跡を想起させる狭小な空地が境内の西側を南北に横断していたりもする。又、居館地北側背後の山尾根は山家城への登城路の一つだ。

実は4回目の訪問、山家城登城の前進基地でもあるので駐車場は毎回利用させてもらっていた。該地が居館跡だったのは知っていたんだけどまともにお寺さんの中に入ったのは今回が初めて、逆に酷暑だったので素晴らし過ぎる山家城(信濃の山城ベスト5には誰もが選ぶだろう。)のリア攻めはなし。汗だくでぼろぼろになるわ…

※写真①、背景の山稜が山家城、楽しいけど隅々まで探索すると半日以上は必要だ。

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