福昌寺

福昌寺([寺尾城  寺社・史跡])

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福昌寺の口コミ情報

2026年10月09日 マグロ常陸介祐平


慈眼大師天海と親交の深かった恵賢阿闍梨が天正元年(1573年)に開山した、天台宗のお寺です(写真1枚目)。当初は多摩川沿いの野戸呂稲荷神社付近に建立されたようですが、江戸時代初期に現在地に移転しています。このお寺は、旗本中根家の菩提寺で、初代中根正盛、四代元宴、五代正美の墓があります(写真2枚目)。初代壱岐守正盛は、井伊谷三人衆近藤氏の庶流近藤正則と平岩親吉の娘を両親とし、中根家に養子に入った人物で、島原の乱や由井正雪らの慶安の変で、隠密を駆使したことで知られています。

風土記稿の菅村の条では、旧跡として小沢城址や寺尾若狭守城跡(寺尾城)と並び、代官屋敷跡として、「東の方字馬場にあり。これは中根壱岐守が知行せしころ、代官をおきし所なるにゃ。」と中根氏の代官屋敷を記載しています。中根正盛がこの地を知行したのが寛政17年(1640年)とされ、幕府の中枢にいたことから代官を置き、自らこの地に居住したことはないと思われます。元禄3年に所替えとなり、代官所は廃されたと思われます。また、風土記稿には家康の関東入国時に小泉次太夫が検地を行っており、この人の代官所があったような記述も見られます。江戸時代後期には現在の菅馬場地区に代官屋敷の跡が残っていたようです。

福昌寺に隣接して法泉寺(写真3枚目)というお寺があります。法泉寺は、稲毛三郎重成の妻の稲毛女房(北条政子の姉、秋榮院妙林大姉)が建久6年(1195年)に亡くなった際に当地の南に埋葬され、稲毛三郎重成が建立した重成山極楽寺を起源とするとされています。重成はここに籠居して念仏三昧にふけったとされ、頼朝と政子が善光寺に詣でた際は、ここに立ち寄ったとされています。枡形城の麓にある広福寺(稲毛館)にも稲毛女房(一室圓如大禅定尼)の墓がありますが、場所は3km程離れており、戒名も異なります。戦国期(天文2年)になると北条氏の家臣佐保田山城守が寺を再興し、極楽寺と法泉寺を合わせてひとつとしています。法泉寺は檀家以外の入山はしにくい感じでした。墓域には中根氏三代正冬の墓があるようです。

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