大山祇神社(山の神神社)
大山祇神社(山の神神社)([磯部城 寺社・史跡])
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大山祇神社(山の神神社)の口コミ情報
2025年03月29日 いれぶん武蔵守
下溝山の神神神社と雹塚(ひょうづか)
県立相模原公園入口近くにある「山の神神社」の祭神は「大山祇の神」(おおやまづみのかみ)で、古来、山林・農業の守護神として、また衣食住の神としてあがめられてきました。社殿と鳥居は昭和年代に建てられたようですが、社殿内の小さな石の祠には、宝永元(1704)年の年号が刻まれています。
また、約400年前の戦国時代、八王子城主北条氏照の娘「貞心尼」が晩年住んでいたと伝えられる、下溝堀之内の屋敷の鬼門を守るために祀られたとも言われています。
「山の神神社」の横に祀られているのが「雹塚」です。地神塔の一つですが、地神塔は「土地の神」や「道の神」とされ、魔物を排除する役目とともに「農耕神」の性格を持っており、街道の要地に置かれていました。
この塚は、地元では「雹塚」と呼ばれ、文字どおり農作物に被害を与える「雹害」を防ぐために建てられた珍しい六角柱の石塔です。各面には、天照大神を中心に5つの神様が刻まれ、背面には「安政三(1856)丙辰年林鐘造立」とあります。さらに、台座中央には「相州下溝村中」、右横には讃岐、山城、大和、伊勢、遠江、三河、伊豆の七か国より土を集めて封じたこと、左横には下溝村の世話人20名の名前が記されています。
雹は、春から夏にかけて、特に関東地方の内陸部で多く発生します。こうした地域は、「雹塚」が建てられた幕末のころ養蚕が盛んであった地域とほぼ重なります。当時、養蚕は農家の貴重な収入源であり、蚕が食べる桑の葉への雹害は大きな脅威となっていました。おそらく、下溝村の人々も「講」を組織して、熱心に雹除けと養蚕の神様にお参りする取り組みを行っていたものと思われます。
「山の神神社」では、毎年3月15日に降雹の害がないように「雹祭り」が行われており、この行事は現在も代々引き継がれています。
下溝八幡宮·山の神神社 宮世話人/麻溝観光協会/麻溝の地域遺産を未来につなぐ会
この案内板は、令和5年度相模原市地域活性化事業交付金を受けて作成しました。
(案内看板全文)