毛利季光屋敷
毛利季光屋敷([七沢城 周辺城郭])
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毛利季光屋敷の口コミ情報
2026年06月15日 尼崎城紀伊守一口城主
私事ながら旧毛利領の山口出身なので、所用で関東を訪れた際に厚木市の毛利家発祥の地を訪れてみました。
Gマップに従い、小田急本厚木駅前より東京工芸大行きのバス🚌に乗車し六堂辻🚏で下車して約1キロ散策(※復路は六堂辻の隣の白山(バス停1停留所ほど本厚木駅寄)より乗車))
当日は『毛利元就ぶらり見て歩き』を参考に史跡巡りをしており、毛利家発祥の地の地名が厚木市下古沢だったので下古沢交差点🚥を通過する際にはいよいよ近づいてきたなとワクワク感が高まってきました。下古沢交差点からGマップに従い坂を下っていく道中、写真①中央辺りの目的地の毛利家発祥の地が見えてきました。辺りを見渡すと山が見える丘陵地帯(写真②)でした。坂を下っていく途中、ウォーキングマップ🗺️(写真③)があり、眺めてみると南毛利(なんもうり)の地名が見られました。坂を下って道なりに進むと写真④の高台が目的地で写真⑤→⑥と進み毛利氏発祥の地に到着。写真⑦右側が境内に鎮座する三島神社(大神)で写真⑦左側のクスノキの下に「毛利氏発祥の地 毛利季光屋敷跡」の石碑(写真⑧)が建っていました。写真では碑文が読みづらいかもしれないので下記に記しておきます。🔍「毛利氏は源頼朝が開いた鎌倉幕府の功臣であった大江廣元(1148〜1225)からでている。大江廣元は頼朝の政治を補佐し特に守護地頭の設置を献策したことで知られている。これらの功により、現在の厚木市小鮎・荻野・南毛利地区などを中心とした「相模国毛利庄」をはじめとした多くの所領が与えられた。廣元には六男五女の子供があり、四男の季光(1202〜1247)が後を継ぎ庄名をそのまま苗字として、毛利季光と名乗った。季光は毛利元就(1497〜1571)や毛利輝元(1553〜1625)の先祖であって、大江氏流毛利氏の始まりである。季光が居住した屋敷は遺物等に残っていないものの地域伝承や古い地図、古い地名からここの「三島神社」を中心とした一画にあったと伝えられている」
本口コミ序盤で参考にした本📕を読んでいると厚木市の毛利荘を本拠としたと思われる毛利(森)姓には森蘭丸の遠祖の清和源氏の森義隆もいるとのことでした。戦国期、毛利氏と森氏のいる織田方は戦うことになりますが、時代を遡っていくと毛利氏と森氏のご先祖様が厚木でご近所様だったとは思いがけない新たな発見でした💡
2021年05月23日 甲斐守ヨッシー❖津久井衆❖
毛利季光屋敷は現在の三嶋神社の境内にあったようです、遺構は見当たりません、境内に、毛利氏発祥の地 毛利季光屋敷跡の碑が建っています!
三嶋神社内に車は駐車出来ます!









