天目山 栖雲寺
天目山 栖雲寺([勝沼氏館 寺社・史跡])
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天目山 栖雲寺の口コミ情報
2026年06月09日 千葉相模守早雲
ご住職様に伺った話を要約します。
甲斐国守護・武田氏10代当主の武田信満(信玄は16代なので6代前)は、上杉禅秀の乱において縁戚関係(禅秀の舅)にある禅秀に味方しますが、鎌倉公方足利持氏方に敗れて天目山で自害。武田家は断絶。
その後の甲斐は守護不在で混乱したため、幕府は高野山に出家していた信満の子を還俗させ守護に任じます。
栖雲寺は信満の菩提を弔う武田家の菩提寺であり、新生武田の聖地だったそうです。
後年、織田信長の甲州征伐において武田勝頼は小山田信茂の謀反により岩殿山城に入れず、聖地であった栖雲寺を目指しますが、栖雲寺は焼かれ織田軍に捕捉され、武田勝頼は自害。武田氏は滅亡してしまいます。
1.2.栖雲寺本堂。屋根の棟の所に武田菱。
3.武田信満の墓。









