大倉城
大倉城([小見川城 周辺城郭])
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大倉城の口コミ情報
2026年08月03日 マグロ常陸介祐平
矢作城主国分氏の氏族で、寿歓の孫の大蔵親胤が築いたとされ、「東国戦記実録」によると天正10年(1582年)に栗林義長が岩が崎城を攻略した後に2000騎を率いて大倉城に攻め寄せ、激闘の末に落城したとされているようです。
麓にある清宝寺は、国分三河守忠胤が永禄6年(1565年)に創立したとされていますが、お城との関連は不明です。国分三河守忠胤は、矢作国分氏の7代目の人で、永享10年(1438年)の永享の乱に参戦しているので、年代的にもよく分からない状況です。
清宝寺の向かいに登城口があり、浅い切り通し状の道を登ると、二手に分かれ、右側を登ると竹林となり、お城の入口は笹薮となっており断念、引き返して左側に行くと3つの曲輪のうち北側の新城と呼ばれる3郭の虎口らしきとなります。こちらも曲輪の中は笹薮で1郭・2郭には進めず、断念しました。笹薮の為、冬場でも厳しいかもしれません。
清宝寺の南側にある民家の門は大倉城の裏門を移築したものと伝わる薬医門形式のものすが、ぱっと見にはそれほど古いようには感じられませんでした。









