村田城
村田城([大崎城 周辺城郭])
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村田城の口コミ情報
2026年08月13日 マグロ常陸介祐平
国分氏初代胤通の5男有胤が村田の地を領して村田を名乗っていますが(鎌倉時代初期)、以降の村田氏の動向は不明です。軍記物の東国闘戦見聞私記に、近隣の上小川城の城将に村田兵衛の名が見られるようですが、関連や実在の可能性は不明です。城址入口の標柱(写真1枚目)の裏面には、大須賀氏の領域の外縁に在ることから、大須賀氏が自己の領域を守るために築いた「境目の城」と考えられているとしています。城域には大須賀氏のお城らしく、妙見社が祀られています。
標柱の先を進む道は妙見社へと向かう参道ですが、1・2郭と3・5郭を区切る堀底を利用したものです(写真2枚目)。参道は突き当たりを右に折れ(写真3枚目)、神社の鳥居は虎口部分となります(写真4,5枚目)。虎口の先の神社は、2郭の腰郭となります。神社の背後から深い空堀が北へと続いていますが、降りることが出来ず、一旦虎口に戻って2郭から1郭の深い空堀沿いを進んでみました(写真7枚目)。途中には1郭と2郭を仕切る浅い堀と土塁が確認出来ます(写真8枚目)。空堀に沿って土塁も残っていますが(写真6枚目)、薮に阻まれ撤退しました。
標柱には「雄大な空堀や土塁を残す県下でも屈指の発達した構造を示す中世城郭」とあり、今回見ることの出来なかった北西部分は数箇所の横矢掛かりが見られるようです。各お城のサイトでもその部分の写真はあまり見られませんが、冬場ならなんとかいける気がします。
2025年02月16日 治部卿ヒトリモン
城域の南を走る道が頂部でカーブする所に標柱が立っており、案内板はないが2郭の妙見神社への参道がついています
どうにかすれば車1台は停め置けそうです









