油田新城
油田新城([大崎城 周辺城郭])
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油田新城の口コミ情報
2024年03月04日 国府参議城介
房総では数少ない相横矢がある技巧的な城
【歴史】
築城者・築城年代共に不明。
城の造りから、戦国時代後期と推測される。
油田という地名の由来は、香取神宮の灯油料所という説と、過去に地滑りがあった土地という説がある。
【遺構】
油田新城は、大崎城の南東約6kmにある舌状台地(標高40m/比高20m)に築かれた城郭です。
城は4つの郭から構成され、郭の間には深めの堀切が掘られており、堀底道としても用いられていた。
一番北にある1郭はあまり加工が施されていないが、中央部付近に区画仕切り用の土塁がある。
2郭は1郭の南にあり、城塁は他の郭より高くなるようになっている。2郭の北側には、土塁の内側に堀が掘られているという珍しい形状をしている。2郭の南側下には横堀が掘られている。
3郭が最も広く、2郭に接する西側は折れを伴った形状となっている。南側の虎口は、房総では珍しい相横矢が用いられている。また、3郭の北東下の腰曲輪には、横移動を阻害するように連続で堀切を入れている。4郭との間の堀切は、城内で最も深く掘られており、そのまま東側の麓へと降りれるようになっている。
4郭は外郭にあたるのか、あまり目立った遺構は残っていないが、台地の接続部には土塁が設けられている。
【感想】
房総では珍しい相横矢がある城郭ですが、余湖さんのサイト以外にほとんど情報がないお城です。
余湖さんのサイトにも書かれていますが、藪と倒木が凄まじいです。堀底道は歩きやすいのですが、各郭は倒木と藪(蔓で足を取られる位)で極めて歩きにくいです。しかも、一番のメインである相横矢が倒木のせいで完全な状態で確認することが出来ないです。しかし、城の造り自体はかなり技巧的な城で、かなりワクワクしながら周ることが出来ます。
この城は全く来歴が残っておらず、誰が築城したのか分かっていません。ただ、相横矢が用いられていることから、坂田城主の井田氏が築城した可能性が高いと考えれています。房総では、井田氏が築いた坂田城、津辺城にしか相横矢がないためです。井田氏が香取方面で城を築く可能性があるとすれば、永禄3年(1560)の正木氏による東総侵攻が挙げられます。この時の井田氏は千葉氏に属しており、おそらく正木氏と激しくやりあい、その過程で築城したのだと推測しています。
【アクセス】
①佐原駅からレンタサイクルで、約45分。
②小見川駅から香取市循環バスに乗車し、油田入口で下車し、徒歩5分。(平日限定で一日4便)
【写真】
①登城口(廃屋の右手の藪あたりから)
②4郭の城塁
③3郭と4郭の間の堀切
④3郭の相横矢(倒木で全く分かりませんが)
⑤2郭の虎口
⑥2郭北側の内堀
⑦合流点あたりの堀切
⑧3郭の北東下の堀切(藪で分かりにくいですが)