高岡陣屋
高岡陣屋([長沼城 周辺城郭])
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高岡陣屋の口コミ情報
2026年08月19日 マグロ常陸介祐平
縁談のトラブルから江戸城内で斬り殺された老中井上正就の弟の井上政重を初代とする、高岡藩の陣屋です。母が2代将軍徳川秀忠の乳母だったこともあり兄の正就同様に出世し、寛永9年に惣目付となり宗門改役に任じられてキリシタン禁令政策で活躍、登録城である「切支丹屋敷」は政重の下屋敷とされます。寛永15年の島原の乱では上使を務めるなどし、寛永17年に高岡藩1万石の大名となっています。政重は江戸定府の為、当初は陣屋を置かなかったとされ、3代目井上政蔽の代に陣屋を築いたとされています。初代政重は3千石を加増され1万3千石になりますが、3度の一族への分知があり、政蔽の代から廃藩置県まで1万石の大名としてこの地で続いています。
JA香取下総支店付近が陣屋跡となります。遺構はほとんど残っていないようです。三峯神社の鳥居あたりが表門のあった場所で(写真1枚目)、鳥居の左側に僅かに土塁らしき土盛りが見られます(写真2枚目)。また、鳥居の右側には「高岡陣屋之蹟」の小さな石碑が立っています(写真4枚目)。小さな祠が並ぶ場所は塚になっていますが(写真3枚目)、陣屋配置図では大手となっており、塚らしきは見られません。表門周辺は土塁と空堀、北側から西側にかけてと中央に水堀があったようですが、強く防衛を意識したものではなかったと思われます。
陣屋から800m程東には、井上氏の菩提寺の妙印寺があります。歴代藩主のお墓は文京区の浄心寺から染井霊園に改葬されていますが、こちらには一族の墓が見られます(写真5枚目)。









